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@ PBW(Play By Web) "SilverRain" & "PSYCHIC HEARTS"
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……多分、初期段階の彼の未来は『家を出て調理師に』位だった筈で。
しかし死と隣り合わせの青春という世界の中で、命を落とす未来もあった筈で。
命を落とさずとも、結局『矧』のしがらみに縛られるしか無かった未来もあった筈で。

遠い先とはいえ宗主を継ぐという責務をも自ら選び取り、
小学校教諭の傍ら調理師としての勉強も続けて自分の店を持つ夢を紡ぎ、
そしてひとりでは無く、誰かの傍に寄り添い護るという日々を得て。
各所のエピシナでそんな未来の断片が見え隠れする未来を、彼は歩む事に。



これは最終エピシナでちらりと触れられた未来の話。
泉絵師様に描いて戴いた【此方】の数ヶ月前と――今現在から数年後の話。

尚、彼女様の後ろ様には幾度にも渡る打ち合わせ遂行と共に許可を戴いています。
ネタに食い付かれた時点で栗鼠共々負けを認めるしか無かったとも言いますが。

……互いの最終エピシナプレイング清書しただけで無自覚ばかっぽー節全開とか もうねorz




--------

それは、幾分先の未来の話。
瞬く間かもしれないし、そうではないかもしれない未来の。



「ねぇねぇ、ママ」
「どうしたの、つづり?」

ツインテールの漆黒髪を揺らす少女がママと呼び掛けたのは、
長い銀髪をポニーテールに結んだ快活そうな女性。
満月を思わせる黄金の瞳はまるでお揃いのよう。

「ねぇママ、今日は指輪ふたつなの?」
「あら、良く気づいたわね――だって、今日は特別な日だもの」

左手の薬指を飾る、共に華奢な印象のふたつの白銀環。
ひとつは飾り気の無いシンプルなデザイン。
そして、もうひとつには小さいながらも数個の綺羅石が煌めいていて。

「特別……クリスマスだからおしゃれさん?」
「うーん、確かにこんな時にはお洒落したいからなのもあるけどね」
「でもちがうの?」
「ええ。もっと特別で大事な理由があるのよ」

御馳走の総仕上げらしいケーキのデコレーションに没頭していたのか、
頬や鼻の先を飾るホイップクリームに気付かないままの少女。
そっと指で拭ってやりながら、ふわりと優しい笑みを浮かべる女性。

「……それ、多分“12年くらい前”の話だっけ」

横から割り込んだ、子供にしては静かな響きの声。
女性に似た銀の髪に、ほんの少し冷たい印象を受ける群青の瞳。

「ふふ、かなで大正解。……もしかして前に話した事あったっけ?」
「お母さんからは聞いてないけど、確か伯母さんがそんな話を」
「……うん、確かにはたるさんなら知ってても不思議じゃないや」
「お父さんのお姉さんだしね」

両手が絞り袋で塞がっている妹の代わりにケーキを回してやりながら、
パレットナイフで塗りっ放しの側面を綺麗に均している少年。

「そういえば、伯母さん達もそろそろ来る頃?」
「あら、本当だわ。――つづり、一寸スピードアップでお願いね」
「えぇー、クリーム絞るの難しいのにー。まだ半分もいってないよ」
「……だから俺が代わろうかって言ったのに、つづゴネるし」
「かなにこれ渡したら絶対全部終わらせちゃうじゃん」
「こら、かなでもつづりも喧嘩しないの。約束の時間に間に合わなくなっちゃうわよ?」

ケーキを挟んで睨み合いを始めてしまった少年のかなでと少女のつづり、
双子の兄妹を窘めた女性が次に視線を向けた先。
左手の薬指で光を浴び慎ましげに煌めく綺羅石の指輪。
中央に据えられた、虹を宿す金剛石。
初めてこの指輪を見たのは、身に付けたのは。

――12年前の、今日。





中止も阻止も爆発も結局成就しないまま、此の年も訪れた聖夜。
多分母校銀誓館学園では静寂もカオスも選り取りみどりの恒例行事、
無礼講絶賛展開中のクリスマスパーティーが夜が更けても続いている頃か。
……パーティー翌日に敵の襲撃を被ろうとも返り討った実績を誇る、
日常生活の謳歌こそが力の源である世界最強組織ならば当然の光景でもあろうが。
まあ、学園がそんな風に総じて賑やかしい頃。

学園のとあるキャンパスのひとつから少し離れたアパート、
小学4年生の頃からひとり(と正確には1匹)で住む、晴れて今年女子大生1年目の部屋。
そして其処には、今夜は見慣れた来客の姿があった。
……いや。見慣れた、では些か不適当か。

出逢ったのは此処で暮らし始めたのとそう変わらない頃で。
互いの手が届く距離を保つ関係になったのは中学生活半ばの頃で。
それから既に、5年。
初めましての頃は中学1年生だった相手も、今では卒業の足音が聞こえる大学4年生。
いつの時も見上げてばかりの背高で、自分よりも遙かに大人で。
その癖童顔を眼鏡で誤魔化す節があり、時折子供っぽい言動も見え隠れ。
部屋の主の彼女にとって、端的に表現すれば所謂彼氏という存在。
――実際にはもう少し、複雑で重要な存在かもしれないが。


「本当に無理言っちゃってごめんね、今が一番大変な時なのに」
「大丈夫だよ。流石に年の瀬近くはのんびりしたかったし。
それに俺の方こそ、ケーキの準備位しか出来なくて」
「ううん、今日は私の上達具合を見てもらいたかったからいいの。ね、モルモ?」
「もきゅー!」

彼女の問い掛けに元気良く片手(と言うべきか片腕と言うべきか)を挙げた、
真っ白真ん丸もふもふ縫いぐるみにしか見えない可愛らしい生物。
彼女の使役ゴーストとしてずっと一緒の妖獣モーラット種、モルモ。
覚醒状態かつモーラットピュアの姿な辺り能力者としての彼女の力量の高さが伺えた。
ふたりと1匹が言葉を交わしながらテーブルと台所を行き来するうちに、
卓上はささやかながら聖夜に相応しい料理で彩られる。
最後に各々のグラスへノンアルコールのシードルを注いで準備完了。
――本物は夏が来るまでお預けでも、雰囲気位先取りしてもいいではないか。


「ええと、味付け一寸変とか無いかな? 大丈夫?」
「そんなに心配そうな顔しなくても。どれも美味しいよ」
「もきゅきゅっ、もきゅー!」
「本当に? ふふ、お兄ちゃんに秘密で目一杯特訓した甲斐があったや」
「そんなの別に隠さなくたっていいのに」
「彼氏さんより手料理上手でいたい女心ですよーだ。本職のお兄ちゃんには敵わないけどさ」
「……俺の現進路は小学校教諭なんですが御嬢様、それも専攻国語の」

重ねて言うが、彼女は女子大生1年目である。
そういう年齢の筈である彼女が『お兄ちゃん』などと呼ぶ光景。
……一部諸兄による不穏当な妄想の餌食になりやしないだろうか。
子供っぽいから嫌だと自分に対しての敬称を略させようと躍起になる割に、
反して彼への呼称がそれに倣う気配は未だに薄く。
彼も彼とて己がどう呼ばれようと殆ど頓着しないせいもあるとはいえ。

「……そういえば、その進路ってもう本決まりになったの?」
「学園の方からは一応内々定貰ってる。
卒論は大学に突き返されなかったから書類の不備はなかった筈。
……後は、年が明けてから教授と中身について論戦するだけかと」
「論戦!? 卒論ってそんな事までするの!?」
「俺のいるゼミの場合はね。他ゼミとか他学部では分からないけど。
教授とタイマンか卒論生全員で互いの中身の荒を抉り合うか交互みたいで、
去年が後者だったから今年は多分前者」
「うわぁ……」

どちらであっても聞くだに中々エグい響きの話である。

「まあ後者よりはマシだよ、相手が百戦錬磨とはいえ教授ひとりだし」
「私も3年後はそういう状況になっちゃうのかなぁ……」
「〆切迄に出して評価されて終わり、なら色々楽なんだろうけどね」

禍津相手に喧嘩売る方が遙かに容易だ、と溜め息を吐く彼。
確かにそうかも、と複雑な表情で同意する彼女。
……時に生死を賭けねばならぬ筈の行為の方が卒論より楽とはこれ如何に。
皮肉と畏敬を込めて銀誓館病、或いは能力者病とでも呼べば宜しいか。
聖夜にそぐわぬ物騒な会話と同時進行で3つに分けられた小振りのブッシュ・ド・ノエル、
そのひとつを乗せた皿を笑顔で差し出す彼女。

「それにしても良かったね、丁度良い大きさのケーキ残ってて」
「いや、それ厨房借りて突貫で作った」
「え?」
「『作れる人間が有限在庫を買うなお前分は材料隔離済だ』とオーナー兼伯父さんの言が」
「……流石だねとしか言いようがないよ、お兄ちゃんもオーナーさんも」
「この材料じゃ作れないって抗議しても頑としてザッハトルテ売ってくれなかったし」

……この青年、材料が揃っていたら作る心算だったのか。
そういえば先程も彼女が本職云々と彼を評していた気はするが。
しかし実際、彼の進路の舵は長い間そちら側に切られていたのだ。
大学受験に当たって教職という選択肢を己が将来の本筋前半として定めるまでは。
因みに、もし彼に銀誓館学園への編入という転機自体が存在しなければ、
レストラン経営までする調理科を持つ事で有名な伊勢の高校に越境入学していた筈で。
勿論――この光景が、この関係が実現する事も無く。

「でも久し振りにお兄ちゃんのケーキが食べられるのは嬉しいな。ん、やっぱり美味しい」
「御気に召したようで何より。……モルモ、柊チョコ欲しいの?」
「! もきゅ!」
「あーもう甘やかさなくて良いよ、調子に乗っちゃうからモルモ」
「きゅー、もーきゅー♪」
「……ゴメンもう遅かった盗られた」


「……本当にいいの? 洗い物、私も手伝うよ?」
「勝手知ったる何とやらだし、準備大変だった分はちゃんと休んでて」
「でも何もしないのもなんか悪いもん」
「3人分なんて直ぐに終わっちゃうって」

確かにひとりでも少しの時間で洗い終わってしまう量の食器。
慣れた風で効率的に片付けていく姿を見遣り、リビングに戻った彼女。
食べてお喋りしてで満足してしまったのか、すぅすぅと寝息を立てているモルモの傍に座り、
手持ち無沙汰にその毛並みを撫でていたが……ふと、頭を過る感情。

――だって、“やっぱり、長過ぎる”。

膝を崩していた体勢を改め、きりっとした表情で正座待機。
又いつものように、宥められ渋々撤回となるかもしれないけれど。


(「……又あの話題、か」)

ちらりと背後へ投げた視線の先、凛々しく正座待機に入った彼女の姿。
大体予想は付く。
ああいう表情を浮かべて此方を待つ辺り、話題は十中八九ひとつに絞られるからだ。
……いや、今迄の経験上ひとつに絞られたからだ、の方が正しいか。
あの話題がふたりの間で幾度と無く掘り返され繰り返されては所謂先送り、
という決着が付くのが御決まりのパターンで。

(「……分かってるんだけどね」)

何故彼女があの話題の即時成立にこうも拘るのか。
そして何故彼があの話題に対し先送りの決着に持ち込む事を貫くのか。
もう少し正確に言えば、3年数ヶ月後への先送りという決着に。
互いに譲れないからこそ続く平行線。
ただ、今日は。
……その平行線から、先送りから少しだけ逸脱する要素がひとつ。
但し結果的にどうなるかは、全く分からないが。


断続的に響いていた水音が止まる。
皿の重なる涼やかな音、布巾を振り広げたのだろう小気味良い音。
そして、此方に近付いてくる軽い足音。

「――やっぱり卒業までは長いと思うんだ!」

開口一番、単刀直入。
御嬢様主語は何処へ行きましたか。主語無しでも通じる相手とはいえ。
そして相手が目の前に座り終わるまで待ってあげて下さい。

「私が大学卒業するまで待つって言ってたけど、もう付き合い始めて5年経ってるんだよ?」

待ち遠し過ぎて。残り3年が。
一番ささやかなようで、叶う日を夢見続ける一番大事な願い事。
この話題が繰り返される度に宥められて、それでも諦められず繰り返す。
我儘だって事は、分かっていても。


(「……やっぱり、な」)

予想通り。
そして今迄ならば、自分のターンは3年後への先送りが為の宥め一択。
……そう、今迄ならば。

「……だったら、残り8ヶ月なら?」


予想外の問い掛け。
意外な言葉に反応が返せない。

「貴女の二十歳の誕生日迄になら、縮められる」

冗談を言っているのかと思った。
だけど……目の前の相手は、嘘偽りの類を通すのが些か、いや相当に不得手だ。
自他共に即答する程。
如何に隠し通そうと足掻いた所で結局は如実に表情に現れる。
初めましてから現在に至る9年間で何度その様を目撃してきた事か。
其れ位、何かを偽る行為というのは彼にとって至難の業なのだ。

……だとしたら、本当に……?


「……但し、代償も小さくはないよ。
其処まで縮めても、確約出来るのは籍を入れる事だけ。
独立しての自活1年目じゃ、到底式を挙げられる余裕は無いだろう。
まあ後は偶に話題に上る俺の実家絡み……か。
執り行わなきゃならない儀礼祭礼の類が、まだ数年分残ってる。
俺にとっては茶飯事でも、ユエにとっては明らかに退屈で面倒なだけ」

もし卒業を待つならば……3年後なら。
それなりの余裕を蓄えておく事も出来るし儀礼も殆ど無くなるから。
今此処で縮めた所で、メリットよりも、デメリットの方が遙かに多い。
……急ぐ代わりに色々諦めろとか、彼女に強いれる筈が無いから。
嬰児の時点で既に孤児だったが為に両親の顔も名前も生死すらも分からないとはいえ、
彼女のルーツに当たる存在へ顔向け出来なくなるような事は、したくなかった。
――それが、彼が先延ばしを貫いた最大の理由。

「……挙式も花嫁衣装も旅行も無しなんて、女の子の夢全否定も同然だろ。だから――」

『結婚式は3年後に』。
今迄通りそう続く筈だった締めの台詞。

――それが、途切れた理由は。



頭の中が真っ白なまま無我夢中で眼前の相手に抱き付いていた。
半ば硬直しているらしい彼を腕の中に感じて漸く、自分の行動に気付いた位で。

「……ユ、エ?」

耳元に届く、明らかに狼狽の色が隠れていない掠れ声。
声だけで分かる。見なくたって、今どんな表情をしてるのかなんて。

「……本当に、あと8ヶ月でいいの……?」

お願い、今更嘘だなんて言わないで。

「……8ヶ月したら、二十歳になったら……本当の家族になっていいの?」

――代わりじゃない、私にとって、本当の。


『本当の家族』。
彼女の唇からこぼれ落ちた言葉。
きつく抱き締められた身体。
瞬時に跳ね上がり痛みすら感じる鼓動。

「……花嫁御寮の夢、何も叶えてあげられないのに……?」
「ドレスも旅行も要らない、毎日家の中で一緒なだけでいい。……我儘言ったの、私だから」

……本当に、そうだろうか。
結婚の約束を交わした女性が純白の花嫁衣装を夢見ぬ筈が無いのに。
彼女が俺の高校部の卒業式に悪戯混じりの笑顔で冗談のように問うた頃から、きっと。
友人達の挙式に参列する度に、いつかは自分もと夢見ただろうに。

「一生着られないわけじゃないもん……色々落ち着いてからでも、遅くないでしょ?」

俺の惑う心の内を見透かすようで、惑うように響く彼女の声。


物心付いた時から家も家族も無い孤児だったロンドンでの日々。
生まれついた能力者としての力が縁で渡って来た日本。
ひとりぼっちだった私の世界は、此処で瞬く間に様変わりした。
鎌倉銀誓館は、死地から帰ってくる家代わり。
大事な仲間は、決して失いたくない家族代わり。
……でも、9年の間、本当の家族と呼べたのはモルモだけ。
モルモが傍にいてくれたからこそ頑張ってこれたのは間違いないけれど。
だけど。
出逢って、笑って、心配して、惹かれて、迷って、想いを告げて……
応えてくれて、護ってくれて、傍に居てくれて、微笑ってくれて、約束してくれたひと。
そう、世界で一番大好きなひとと、本当の家族になれるのなら。
本当の家族と一緒に、本当の家を築いていけるのなら。

――私の我儘が叶うのなら、他には何にも要らない。

「……だから、ね、私が、二十歳になったら……」

顔を見ないまま、見られないままで言葉を繋ぐ私の頭にそっと触れる手。
躊躇いがちに髪を伝い、肩へと降り……静かに抱き締められた。
背を支えてくれる優しい温かさが本当に心地良くて、ずっとこうしていたい位で。

言葉の返事じゃないけど、きっと。
お兄ちゃんは私が二十歳になったら旦那様になってくれる。
……あ。そっか。お兄ちゃんじゃ格好つかないよちゃんと直さなきゃ。
でもどう呼べばいいんだろ……呼び捨て? それとも?


左の腕の中にユエを抱いたまま、空いた右手を後ろに回してそっと鞄の中を漁る。
座った時に引き寄せておいたのが幸いし、探し物は直ぐに手の中に。
……想定外の展開ではあるけど、寧ろ丁度良いのかもしれない。
まあ結局どうなったにせよ使い道は変わらないというか、何というか。

「……それじゃユエ、これ暫く預かっておいて」

抱き付かれてから漸く顔を上げて首を傾げる彼女に右手の中身を差し出した。
俺の掌に収まる位の大きさの、黒地の箱を。


未来の呼び方はどうしよう、と真剣に考えていた所に降る彼の声。
差し出された物を受け取ろうと、腕を解いて横に座り直す。
そして受け取ったそれは手触りの良い黒地の、手に乗る位の立方体。
側面から正面にかけて一筋の切れ目っぽいのが……あれ?
……あれ、これってまさか、ええとそんな、でも大きさ的に……。
でもずっと迷ってても仕方ないから意を決して開けてみた。

箱の中央に据えられていたのは細身の銀の環。
その真ん中に填まってる石……って、小さいけど、これ……!?
え、その、まさかこれ、って……

「……頑張るお役目が残り8ヶ月しかないけどな」

……そんなさらっと言ってるけど……この、指輪って……!!?


中央には小さく慎ましやかながらも万色に煌めく金剛石。
両サイドには三日月を象る青月長石と橄欖石。
常連と化したアトリエ繋がりのデザイナーに頼んだとはいえ、それでもほぼバイト代半年分。
流石に綺羅星の如くなんていうのは無理だったけどさ。
残り3年のお守り代わり位にはなるかなとは思ってたが……仕方無いか。
……まあ、サイズは探らずとも分かってたし。
数ヶ月前アトリエで散々店員とファッションリング話に花を咲かせてくれたお陰とも言うが。
あれ絶対わざと俺に聞こえるようにとしか……な……。
指輪だけは結局最後まで気恥ずかしくて買えなかったんだよ。

「……ね、あのね」

くい、と腕を小さく引かれる感覚。
視線を向けた先には、俺を見上げ瞬く黄金の瞳。

「この指輪、付けてもらっても、いい……?」

……やっぱり、こうなるか。

何時まで経っても……俺は彼女に勝てた試しが無い。


ひとつ我儘が叶っても、直ぐに新しい我儘が増えてしまう。
困らせたくないのに、どうしてなのかそうなってしまう。
恋人さんになってからも、きっと多分その前からも。
……でも、それは、私だけのせいじゃ無いと思うんだ。
だって、それは。

「……まあ、薄々そう言われるとは思ってた」

あの人の手の中に収まってしまう私の左手。
黒い小箱から取り出された銀色の環。
瞬きひとつふたつの間に、私の薬指できらきらと輝く――『婚約指輪』に。
……どうしよう、言葉が出て来ない。
余りにも嬉し過ぎて。
どんな我儘も最後には叶えてくれてしまう、あの人への言葉が。

「――My dear lady」

手に取られたままの私の左手に、指に降る口付け。
また真っ白になってしまう私の頭。
……どうしてこういう時だけ、事も無げにさらりとこんな事出来るんだろ。
普段は「好きって言って」ってお願いしてもそっぽ向いちゃうくせに。

――そんな事するなら今増えた我儘、通しちゃってもいいよね?

「そっちだけじゃ、なくて……『私』にも、頂戴?」

……あ、一気に赤くなった。本当に顔見ただけで丸分かりだよ。

「……この我儘小悪魔御嬢様め」
「我儘でもいいもん。――我儘になれるのは、貴方にだけだよ」

世界で一番大好きな、貴方にだけ。

頬に触れる指。
唇に重なる唇。

――それは、私が本当にひとりぼっちでは無くなった、最初の日。





「――ままー、ままー、ちゃいむー」
「もきゅきゅきゅ、きゅぴっ!」

足下から響いた幼くあどけない声と聞き慣れた鳴き声。
瞬く間に大切な思い出から現実に引き戻され慌てて膝を付く女性。
薄茶色の髪をセミロングに揃え、やはり女性とお揃いの金瞳で見上げる少女を抱き上げた。

「え、チャイム……って鳴ったの今? それとももっと前?」
「いまー。ぴんぽーんってにかいなったよー」
「もうそんな時間なの!? 教えてくれてありがとう、まとい」
「あ、もるもはさきにげんかんいったよー」
「モルモ早っ!!? うわぁ何か最近しっかり者になってきてる気がする……」

リビングの向こうを指差す次女を腕に抱いたまま玄関へ。
既にモルモの応対が始まっていた其処には一組の男女、そして少年と少女の姿。

「先に入ってしまってごめんなさい、モルモさんがドアを開けて下さったので」
「ううん、私もすぐに気付かなくてごめんなさいっ。皆さんどうぞ上がって下さい」

女性にとっては頼もしい存在である義理の姉とその伴侶。
共に外交官として世界を飛び回る様は、実の弟が女勇者と揶揄した昔と変わらぬまま。
そして実は、夫妻の長男と女性の双子が同い年。
春になったら揃って銀誓館学園の小学部に入学予定だったりする。

「お母さんケーキ出来……あ、蘇芳(すおう)!」
「こんばんはかなで、お招きありがとう。プレゼントも一緒ですよ」

従兄弟同士になる少年達の仲は至って良好のようで。

「こんばんはーユエ叔母さん。まとちゃんもお久しぶりですー」
「ゆかー! こんばーわー!」
「こんばんは、ゆかりちゃん。会わないうちにまた可愛らしくなったねー」

客人の持ち寄った料理がテーブルの彩りを更に鮮やかなものにし、
リビングに子供達の歓声が満ち始めた頃。

「……はは、やっぱり俺が最後になっちゃったか。――ただいま」
「パパおそいよー! 伯母さん達もう来て待ってたんだから」
「無茶言うなつづ、先生って今一番忙しいんだぞ。お帰り、お父さん」

見上げる背高な姿、ほんの微かな幼さが見え隠れする顔立ち。
黒味の強い焦げ茶の髪と多色混じる黒の瞳ではあるが、
あの銀髪の少年と何処かよく似た雰囲気。

「こんばんはいちるさん。今頃だと2学期の通知票との戦いですか?」
「御久し振りです春生(はるき)さん。
流石に通知表は数日前に終わらせました、もう終業式は明日ですから」
「寧ろ今だとパーティー監督の方でしょうね。……いち、夜枠逃げてこられたの?」
「午前午後みっちり巡回スケジュール組んだ代わりに夜は辞退させて貰ったよ。
……まあ、生命賛歌の源が元気なのは良い事さ」

俺達の時もああだったのかと今更ながら分かった、と。
苦笑混じりの溜め息を吐いて外用に仕立てた細い黒フレームの眼鏡を外す男性。
弦を手にした左手の薬指には華奢でシンプルな白銀環。
彼の指輪はひとつ。
――ふたつ目の指輪の代わりは、鉄線花蔓が彫り込まれた銀青色のタイピン。
あの聖夜の後、チョコレートの飛び交う某日に婚約者から贈られた物。


「クリスマスイブまでお仕事お疲れ様――お帰りなさい、旦那様」
「この遣り取りも遂に12年目、か――ただいま、ユエ」



――それは、2028年12月24日の物語。



-.-.-.-.-.-.-.-

ふたりとモルモと双子と次女の元を訪ねて来たのは双姉の一家。
双姉より2歳下の伴侶、御陵(みささぎ)春生。結婚後故に双姉も時間軸上は御陵姓。
長男の蘇芳は双子と同い年、年子で長女のゆかり。
……正直結婚するのか最後まで未知数だった双姉側の顛末は、又後日。
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