◆真夏夜に舞えGhost Dance!! -6-

――2009.08.03　　　NIIGATA

一真とマウにあーだこーだと色々あった頃、はたるも学院の構内にいた。
……こちらは少々宜しくない状況だったが。


「……色々と最悪だわ」

古い装丁の本を抱えたまま呟く。
彼女がいるのは講堂の裏手、煉瓦積みのモニュメントの影。
気配を殺して。

モニュメントから少し離れた所に歪な影。
無理矢理表現するならば、ぬらぬらと輝く刃の翼を生やした巨大な雀。
雀どころかライオン並みの大きさ。
耳障りな囀りを響かせ、何かを探している素振り。

――探しモノは、さっきまで目の前にいた黒髪の人の子。

「……人が来ないうちに殺っちゃうしかないか」

流石に妖獣に頭から穴だらけにされる趣味は無い。
ゴーストに嬲られる趣味も無い。

右の人差し指を虚空へと伸ばす。
頭上に掌大の小さな三重円を描き、淡く煌めく軌跡にそっと触れた。
……刹那、三重円を中心に幾何学模様と唐草文様の入り混じる陣が宙を彩る。

「――あかときくだちのひにかけて」

艶やかに、笑った。


雀の視界に人影が踏み込んだのと、強烈な炎に身を焼かれたのはほぼ同時。
己が身を蝕む炎に、耳障り通り越して劈くばかりの奇声を響かせる妖獣。
その様を花のような笑みで見遣るはたる。
片手に開いた古い本の頁がはらりと風に捲られていく。
もう片方の手は悶える妖獣の翼をぴたりと捕捉し、指先から術陣を展開させる。

「自分独りなら短期決戦に勝るもの無し。……燃え尽きろ！」

再び放たれた炎の魔弾が強かに翼を圧し折り、又はぐにゃりと曲げ熔かした。
憎悪の咆哮を轟かせ突っ込んでくる雀を難無くいなし、構える。
三度目に撃ち出されたのは雷球、迸る電撃が雀の自由をあっさりと奪っていく。
雷の戒めを何とか振り解こうとするが、蝕みの炎が齎す痛みで碌に動けない有り様。
満身創痍でもがくゴーストの傍へ、静かに近づくはたるは笑みを湛えたまま。
ぱたん、と片手で本を閉じ。

……そのまま全力で振り下ろした。

補強を兼ねた金属の装丁がみっちり施された角を向けて。
雀の頭部ど真ん中にしっかり狙い澄まして。
もうそのものずばりグシャッ、と。

断末魔すら残せずに妖獣が消えて初めて、彼女の表情からも笑みが消える。

「……相当疲れるんだよね、こういう場所だと人の目気にしないと色々マズいし」

しかしゴーストと相対した時、口調が双弟のそれになるのは無意識なのか違うのか。
それでも出てくる単語は双弟より過激で直接的だが。
……銀誓館で修羅場潜り抜け続ける彼をして『勝てる気がしない』と言わしめる一端か。



「……え、ちょい待て何ソレ構内にゴーストがいた！？」
「ええ、ライオン大で翼が刃の雀が」
「うわ想像したくねぇ……で、どーしたのソレは」
「魔弾で散々この上無くいたぶった後に脳天狙ってこうグシャッと」
「止めろ撃破すんのはいいっつかマジ有難いが生々しい表現で語るの止めろー！！」
「実際実行した事なんだけど」
「だからもう少しマイルドな表現してくれってば！！！」

もう既に逃げ腰の一真と、何故か一真の影でぶるぶる震えてるマウ。
何が怖いって、今の話を余り表情を変えずに語ったはたるが。
悪友故に重々分かってはいるんだが御嬢様の外見から絶対聞きたくない話だ今のは。

「……こんな所に妖獣なんて。変な事の引き金にならなきゃいいけど」
「……止めろ。そーいう言霊吐くな頼むから」
「今の内に言霊にしておけば本番は何も起きないかなと」
「もうホント止めて口閉じて御嬢様は御嬢様らしくして下さい本当に御願いします」
「……何でそんなに必死に」
「……続けるっつーならいちに全部洗い浚い吐きます」

暫しの静寂。

「……分かった。でも凄まじく捨て身ね」
「だってこれが一番強力なの今迄の経験上分かり切ってるわけでね？」