◆真夏夜に舞えGhost Dance!! -7-

――2009.08.07　　　KAMAKURA

教室の黒板に張られた日本近海の地図。
その地図に記された鋭角三角形。
頂点はそれぞれ千葉県野島崎、小笠原諸島、グアム島。

――ドラゴントライアングル。

情報を齎した謎の男曰く、バミューダトライアングル的なものだという。
そして其処には、本当に怪異を齎すモノが蠢いていると言うから厄介な話。
さて、銀誓館学園恒例の臨海学校が小笠原諸島に決まったのはつい最近。
遊びとゴースト掃除がセットだが、それは去年も一昨年も同じ事だった。
……３年連続だともう掃除も恒例と呼んでも差し支えないのではなかろうか。


一般生徒とは別に集合した能力者達で教室は何処も活気付いている。
如何に海を満喫するか、という臨海学校という単語に相応しい話題と共に、
さて湧いてくるゴーストをどうやって殲滅せしめるか、という話題も同時進行だが。

そんな教室のひとつに、ギャルソン服姿の少年がいた。
手伝い中の伯父の店を抜けて集合した、店の制服のままのいちるだ。
室内には３０人。今回最も大人数の集団であり、最大の難関に挑む者達。
――戦場は、海の底。
それ故に、集まった３０人全員が水練忍者。水の中を恐れぬ者。


相談が一段落し、一度店に戻ろうといちるは昇降口への階段へ向かった。
下りへの一歩を踏み出そうとしたその瞬間――前触れも無く激痛が左腕を襲う。
一瞬見えた血と裂傷は瞬きの間に消え失せ、己が腕には傷一つ無い。

「……何やらかしたんだよ、はた？」

今のが白昼夢で無ければ、幻視が起きる程の傷を双姉が負った事に他ならない。
だが、この程度の痛みならば、まだ恐れるような事態ではないともいちるは考えた。
かつて自分が重傷を負った時に彼女から賜った説教という名の罵倒において、
彼女曰く“その瞬間”は『一瞬私も死んだかと思った』レベルだった、と。
……何より、此処から姉の元へ急行したとて事は既に済んでしまっているだろうから。
鎌倉と柳都は、今でも遠く隔たれている。



夕方、一真からのメールで激痛の理由が見えた。
最近学院の周辺で何故かゴーストが見られるようになった事、
日が過ぎるにつれて、どうやら好戦的な奴がぽつぽつ現れ始めている事、
今日も襲われてはたるが怪我をしたがアビの恩恵で病院レベルでも無い事……
何処を怪我したとは書かれていないが、多分左腕だろう。

「きな臭くなってきたよな、妙に。もうはたの口割らせ……って難易度高過ぎるって」

さてどうすれば拒否されずに介入出来るかを依頼並みに真剣に考え始めたいちるだが、
不意に鳴り出した電子音に中断を余儀なくされた。
それも、時折思い出したようにしか流れやしない旋律に。

「……お祖父ちゃん？」

首を傾げて覗き込んだ小さな液晶画面にはメールの着信メッセージ。

『下の番号の人間にお前の携帯番号を通してある。
宗主として許可は出した、電話が来たら無視しないで出てやってくれ』

用件のみの簡潔な文章。携帯と思しき電話番号。

「……はたの事といい、お祖父ちゃんといい、こうも続くと偶然とは思えない」

謎の番号を登録しつつ考える。
普段の祖父なら十割方中華街のマンゴープリン買い出し注文メールなのだが、
今日届いたこれは宗主という単語を使う程に重要な要件だという事なのか。
つまり、記された番号の主からの電話は。

「出来れば……臨海学校のカタがついた後であって欲しいよ、事が起きるのは」

……臨海学校だけでも大仕事なのに、と彼は大きな溜め息を吐く。
去年も一昨年もゴーストをしっかり退治しつつ臨海学校の本分を楽しんでいたが、
今年ばかりは一寸趣が異なる。……海底散歩位は出来るやもしれないが。


「……しょうがないか。とりあえず、電話を待とう」