◆真夏夜に舞えGhost Dance!! -9-

――2009.08.09　　　KAMAKURA

……蒸し暑い夏の夜。
澱む熱気を吹き払ったのは、数日前設定した電子音。

“先程の曲がり角で始まったばかりなのかも知れず、終わりに近付いたのかも知れず”、
そんな歌詞で締め括られる異郷の曲。

流れ出した旋律に合わせ白く明滅する携帯のライトに暫し視線を落としていたが、
小さく首を振った後で漸くいちるは通話ボタンを押した。


「……はい、もしもし」
『夜遅くに御電話してごめんなさい。ええと……月主殿の携帯に間違いありませんか？』

月主（げっしゅ）。
その単語を聴いた瞬間、いちるの黒い瞳の光が揺らいだ。
……宗主たる祖父が間に入っている以上は矧の関係者だろうと思ってはいたが、
暁降の嬰児と呼ばれる双子の、特に静を司る者を示すそれを知る者などそうは居ない。
この相手は矧の一族の中でも中心に近い者だという事なのか。

「……電話が来る事だけは宗主より連絡が。他の事は俺は何も知らない」
『一刻を争う事なので無理を通させて戴きました。突然の失礼を御詫びします』

届く声は男とも女ともつかない、不可思議な響きを纏っている。
多分年齢は若い方だろうと感じたが、それさえ間違っているかもしれない。謎だらけの声。

『先ずは初めまして、月主殿。――シシハギテンギョウと申します』
「……宍、矧……！？」

耳を疑った。
シシハギの音に宍矧と当てるのが正しいなら、間違い無く矧の一族の者。
だが、しかしそれならば。

「……他の矧なら兎も角、俺の記憶通りなら宍矧が首座連抜きで直に連絡取るのは……」
『御指摘の通り、平時は御法度です。ただ今回は例外中の例外、宗主様に土下座しました』

許可無しで暁降に直電しようものなら即日消されますね、とさらりと凄い事を言ってのけ。

『既に首座連からも許可を得ています。何分自分も首座連で永遠の末席してたりでして』
「首座連に椅子がある時点で末席も何もへたくれも無いだろ！？」

実行部隊たる宍矧でも最強集団である首座連に属する時点で精鋭中の精鋭、
いちるですら未起動状態だったら絶対勝てない自信があると思う位の強者揃いの筈。
思わず声を荒げてしまった彼の声を聞いてか、電話の向こうで笑う相手。

『いえ、実際この春まで無芸でしたから最弱自負してます。……いや、この話は後にして』

声から笑みが消える。

『本題に入ります。先程の通り一刻を争う事態であり、陽主（ようしゅ）殿にも深く関わりが』
「……姉、にも？」
『はい。しかも拙い事に命の危険すら……陽主殿だけではなく、周辺百人単位で』

陽主……月主と対、つまり暁降の動を司る者。はたるの事に他ならない。

「……一寸、待て」

それが、本当なら。

「百人単位で人が死ぬ事が分かってる、その中に暁降の片方も混ざってる。
どれだけ状況が悲惨でも“繋ぎ止める”為に最後まで足掻くのが矧の存在理由。
それならお祖父ち……じゃない、宗主が頭として動けばいいだけの話だろ。
暁降は宗主に準ずるとか言われてても矧の肝心要は宗主以外の何者でもない、
なのに、それすっ飛ばして暁降とはいえ一介のガキに直電する理由は何なんだ！？」


……いや、宗主は全て知っている筈だ。
そうでなければ緊急事態だろうと何だろうと、宍矧と暁降が接触する許可など出ない。
頭の片隅で理性がそう諭そうとしても、感情が抑えられない。
渦中ど真ん中に姉がいると聞いてしまった時点で。


『……その理由こそが一番重要なんです。何故宗主様ではなく、月主殿なのか。
但し今日はもう時間がありません。ですから、明日全て御話しします』
「明日？」
『はい、明日に。午前１０時、一縷樹キャンパスの中学部屋上出口踊り場まで来て下さい。
階段のいずれか一つが屋上まで繋がっていますよね。自分は其処で待っています。
ああそうだ、自分は直ぐ分かりますよ。誰だこの相当な不審者は、ってのがそうですから』
「一縷樹の屋上？　……一寸待て、どうして其処が」
『それもこれも、明日全て分かります。それでは、失礼致します』

「……畜生、切られた」