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  ※ ≪注意≫
  ※以降、3度目ともなれば最早恒例かもしれない4月1日ネタにて候。
  ※何が起ころうとも一夜の夢です。夢以外の何物でも無く。
  ※宮崎依頼とバッティングしなくて良かったと思ってたりしているのは小さな秘密です。


  ※(……本当にぶつからなくて良かったと心から思いましたゴメンなさいorz)








--------

光の海。絢爛の都市。
綺羅さざめく星々の河には、負けじと綺羅振り撒く星の船。
栄華の限りを尽くすかのような、光溢れる光景。

……しかし。
誰も気付かなかろうと、貴方には見える筈だ。
その絢爛の中を、星の河を音も無く往く儚い銀の一筋を。
単純な構造の舟も、漕ぎ手が持つ細い櫂も、全てが銀の一色。
装飾と呼べそうなのは舳先に備え付けられた、灯を封じる深い瑠璃色硝子のみ。

音も無く、舟は貴方に近付いてくるだろう。
――貴方が、『呼んだ』からだ。
静謐の銀月夜、星海の畔に、貴方が立ったからだ。


「……此処まで膨れ上がった事が、貴方にとって幸せなのか不幸なのかは知らないけど」

銀の櫂を手にした人影が、温度の無い声音で言葉を紡ぐ。

「望みには手段を。――変えたい過去まで、連れてってあげる」

幾分細く見える背高の人影は、感情の籠らぬ平坦な声音で貴方に告げる。
曰く、己が漕ぐ此の舟に乗れば、ほんの瞬きひとつの間に辿り着く。
貴方が生きて来た過去の中で最もやり直したいと望む、まさに其の瞬間に辿り着く。
辿り着いた其の時に、己が願うように過去を変えるか、
それとも思い直して此の侭変えずにいるかは、貴方の思うがまま。

「……但し、タダでとはいかない。
過去を変えるという大それた禁忌には、其れなりの対価が要る」

曰く、貴方の寿命の最後の一年。
例え辿り着いた過去の其の瞬間を変えようとも変えずとも、等しく対価を支払わねばならぬ。
此の舟に乗る事そのものが、禁忌であるが故に。

「貴方が呼んだからこそ、俺は此処に在る。貴方の瞳に映る俺は、貴方だけの俺の姿」

他の誰かの瞳には、他の姿の俺が映る。
――俺の姿は、俺を呼んだ其の人の心が組み上げる蜃気楼の残滓、と。

彼が銀とも白ともつかぬ面を被っているのも、そのせいなのか。

「ああ、そうだ。首尾良く過去を改変出来たとしても其れで終わりじゃない。
……戻って来れない可能性だって在る」

曰く。
過去の改変により今此処にある此の瞬間が存在しなくなる。
最悪改変した過去を進んだ事で、今此の瞬間貴方の命が尽きているやもしれぬ。
既に遠い昔に此の世の者では無くなっていたという可能性すら、秘めている。
自分が最も変えたかった過去が運命の甚大な分岐点になり得るという事だ。
改変したが故の結果何が起きたとしても、運命と言う他が無い。

「……決めるのは、貴方だ。俺は其処へ連れて行くだけ」

突き放すようでもあり、だが誘うようでもあり。
温度の感じられない平坦な声音なのにもかかわらず。
表情の分からない仮面の面差しなのにもかかわらず。


彼の者の手を取るならば、心せよ。

……貴方の願いは最後の一年と天秤に掛けるに相応しき物なのか。
変えたが故に命尽きようとも悔いぬ覚悟が在りや無しや。


--------


……羨ましいと、思う。
森羅万象に楔を穿たれ軛を課せられた此の身は此の業から逃れは出来ぬ。
人の目に見えぬ映らぬだけで此の身には幾重幾重と色無き蔓が絡む。
只人の業を望みを、幾百、幾千、幾万幾百万と此の瞳に映すが俺を在らす業なりて。
故に只人と縁を結び代償無く時を巡り得る彼の刻時の娘が、羨ましい、と。

……焦がれども詮無き事では在れど。



銀の舟の上、表情無き面の人影は不意に櫂を漕ぐ腕を止め宙を仰いだ。
――己を希い呼ぶ想いを、捉えたが故に。
一陣の強き向かい風に装束が煽られはためくが、意に介す事も無く、宙を。

哀しい。
悔しい。
欲しい。
寒い。
辛い。
賢しい。
妬ましい。

強ければ強い程、希えば希う程に、面の人影に絡み付く蔓は際限無く繁り彼の身を苛む。

「……選ぶ余地さえ無ければ希う事も無い筈なのに。人とは斯くも……るか」

感情無き声音の呟きは夜気に溶け、そして手は静かに銀の櫂を、銀の舟を御し始める。
呼ぶ想いは、何処にか。


……思えば、どれだけ沢山の只人をあの浅瀬に誘ったか知れない。
“客人(まろうど)”の手を取り櫂を操り舟を進めれば、踝丈の波が寄せる浅瀬へと辿り着く。
其の浅瀬の先が、客人が俺を呼ぶ程に希うその瞬間。
辿り着いた後は……後は彼等の背を見送るだけでしかない。

改変を思い止まるか、又は改変すれど未だ命尽きず在られるならば連れ帰るのみ。
だが、改変を為したが故に……戻らなければ、俺は独り踵を返すだけでしか無く。
……そう、幾度も幾百度も幾百万度も、繰り返された業の終末を此の身の蔓に宿し。
そうして蔓は繁り続け、俺を縛り上げる軛は強くなるばかり。

だから、俺に寿命も終末の類も存在しない。
例え刃を此の身に突き立たれようとも銃弾を雨霰と浴びようとも全て……すり抜けるだけ。
そして、此の舟から降りる事を許されぬ俺はあらゆる絆や縁とは最も遠い存在。
例え鳥籠に封じられようとも……瞬き一つの間に此の舟に戻るだけでしか無いのだから。

――此の世の誰も、本当の意味で俺に触れる事は能わず。
霞とも靄ともつかぬ仮初の身に己が欲で触れれば……其の身も露と消えるも知らずに。




――静謐の銀月夜、星海の畔。
櫂を漕ぐ面の人影の視界に、少しずつ近付いてくる人影、ひとつ。……いや、ふたつ。
鋭い双眸に強く哀しい願いを宿す、頬の傷が印象的な黒髪の男と。
その胸に時計を確りと抱いて黒い兎耳を風に靡かせる銀髪の少女と。

「――先に聞く。俺を呼ぶ事が何を意味しているのか全て分かった上で、此処へ?」
「――無論だ。その為にありとあらゆる文献を浚い、漸く此処まで辿り着いたのだからな」
「……幸せなのか、不幸なのか。其の願い故に俺を探し、そして此処へ来た事は」

……何もかも覚悟の、上か。
此れ程までに、静かな双眸に哀しみを湛えて己を呼ぶ者はそうそう居なかった。
ひとつ小さく息を吐き、面の人影は傍らの少女を見遣る。

「……彼女はどうする。万が一“戻って来られねば”置いてけぼりとは感心しないな」
「誰が此処に置いて往くと言った。――ユエは俺の大事な相棒だ」
「……そう。其れなら別に構わない。俺は誘い導くだけの存在、その先は関われない」

平坦な声音で言葉を紡ぐ傍ら、人影――舟の主は兎耳の少女を暫し観察した。
彼女は相棒と呼んだ男を複雑な表情で見上げている。彼の服の裾を、そっと掴んで。
……一緒でもいいのかと、問うているような。
見下ろす形となる男はそんな彼女に、微笑んで頷く。……一緒に、と。
ぱあっと笑顔になる少女の頭を優しく撫で、そして男は再び舟の主に向き直った。

「……まさか乗船拒否はしないだろうな」
「呼ばれた側にそんな権利が在るとは初耳だ。――決めるのは、貴方だから」

面の下で瞼を伏せ、静かに手を差し伸べる。

「望みには手段を。――変えたい過去まで、連れてってあげる」


……俺に終末や寿命の類は存在しない。
刺されようとも撃たれようとも何をされようとも無かった事になる、ただ其れだけの話。
其れだけの話の筈だが……一度、不可解な事があった。

俺は森羅万象の楔と軛――此の身に這う色無き蔓――とに永劫縛り上げられた存在。
言い換えれば過去へと遡る銀の舟に縛られている存在。
――だが過去への浅瀬に繋がる星海の畔に縛られている存在では無いのだ。
舟から降りられぬだけであり、畔を離れられぬ存在という訳では無い。
故に……俺を希う誰かに舟ごと引き摺られ呼び寄せられる、という事も時折在る。
不可解な出来事は、そうして呼び寄せられたとある永久凍土で起こった。

漆黒の髪と瞳の、氷雪の主。
触れる物全てを白く冷たく凍てつかせる強大な力の主。
その力を恐れられ、たったひとり、銀の光放つ純白の永久凍土へ封じられた主。
声無き強き哀しき願いに呼び寄せられた俺は主に手を差し伸べた。
だが、主の指が触れた其の瞬間……瞬きひとつせぬ間に俺の手は白く凍りついた。
痛みも、何も無く。ただ白く。冷たく。
幼さと凛とした美しさとを湛えた主の顔に、やはり、と驚愕の色が浮かぶ。
そして、手を振り払い耳を塞ぎ、瞼を閉じて首を振った。
……例え凍てつきようとも存在まで尽きはせぬと告げる俺の声に、もう耳を向ける事は無く。
刹那畔に戻された俺の手を覆う氷は、数日の間溶ける事は無かった。



舟の主が櫂を捌き、畔より舟が動く。
黒髪の男と銀髪の少女――“客人”を乗せて。

「……荒唐無稽の伝説では、無かったのだな」
「其れは俺の存在が、か? ……此の通り、現実と夢幻の間(あわい)を永劫揺蕩う者さ。
森羅万象の楔と軛とが朽ち尽きぬ限り在り続けさせられる、只人の業の見届け役とも言う」

問われるままに温度の無い口調と声音とで、最早諳んじるまでとなった文言を告げる。
“客人”が舟の主、渡し守に問う事は判を押したように、昔も今も変わりが無い。

「……そう、か。そう言われてしまうと些か耳が痛いな」

自嘲の滲む微かな笑み。
それでも、双眸に秘められた哀しい願いが揺らぐ事は無く。

「俺のように戻らぬ過去に固執し続ける者がいる限り、主殿は在らねばならぬのだろう?」
「そういう事になるか。昨日までも、今日も、そして明日の先も永劫、此の舟の上に在る身」
「……辛い役目を負わせてしまうな」
「さあ、どうだか。俺にとっては連れて行くだけ、そして連れ帰る事も在るだけでしかない。
辛いも哀しいも俺には意味を為さぬ事。此の道行が俺の業、ただ其れだけの話」

血を肉を熱を持たぬ機関(からくり)人形が口を利いたならばこうなるのだろうという、返答。

「そうか。では今からの話は俺の独り事だ。聞き流してくれ。
見ての通り、俺も戻らぬ過去に縛られ改変を求めた人間の一人だ。
闇の世で散々他人の未来を奪っておきながら何を言うかと死者達に哂われるだろうよ。

……それでも、変えたかったのさ。その為に、闇の世で生き続けた。この手を血に染めて」

哀しみに混じる凄絶の色。
隣で男を心配げに見上げていた兎耳の少女が、ぎゅ、と彼の袖を掴んだ。

「探し続けた。あの畔を。今請けている仕事を最後に残りの人生全てを注ぎ込んででも、な。
だがその仕事も放り出して来てしまったよ。……あのネットにあった話が本当だったとは」

とある少女が夢で見たという風景を綴った散文詩。
現実に存在する場所にとある時間だけ生まれる道から幻想的な世界に迷い込んだ、と。
全て夢の筈なのに、微に細を穿つ現実の側の描写を導に半信半疑、辿った。

そして、遂に此処へ。

「……一つ、尋ねても構わないか」
「返答の出来得る事ならば」
「主殿が対価を求める理由を。365日分の命を何に用いるのか、興味があってな」
「――誰も得などしない。貴方も、俺も。
幾ら寿命最後の、とはいえ生きとし生ける者等の一年分の生命は甚大な力が満ちる。
それだけの力を全て注ぎ込まねば、過去を遡り引き寄せる禁忌を起こす事なぞ叶わぬ。
故に此の舟に乗ってしまえば、例え変えねども、命は一年、否応無しに磨り減る」
「そうか。……構わないよ、もう俺にとっては磨り減ろうが悔いも心残りも無いのだから」


ゆるり、水面を進む銀の舟。
次第に暗く深かった筈の水底が浅く淡く様変わりしていく。
五月蝿い程の絢爛の星も失せ、一条の青白く冷たい光が天より射し込むのみ。

「――そろそろだ、“客人”」

熱無き声が其の時を告げる。
銀の舟が止まった場所は、踝丈の波が打ち寄せる、色無き浅瀬の岸辺。

「俺が連れ行けるは此処迄だ。……此の先へ踏み込むは“客人”本人しか許されぬ。
此の先を唯真っ直ぐに歩かれよ。直ぐに分かる。――其の瞬間は、其処に在る」

ひとつ頷き、男は少女と共に色無き岸辺の奥へと進んでいく。
その様を見送り、渡し守は白とも銀ともつかぬ無表情の面に手を掛けた。
ぱちり、と響いた小さな音を訝しんだか不意に男が振り返る。

刹那男の双眸に、表情に満ちる驚愕の色。疑念。悔恨。憧憬。
……だがそれも一瞬の事。
湧き出した数多の感情を振り払い、再び奥へと歩を進める彼が振り返る事はもう無かった。

「願わくば、“客人”が後悔せぬ選択で在らん――在らん事を。……“お父さん”」

渡し守の掠れるような最後の声は、彼に届いたか否か。


……何故だろう。
何故、あの“客人”を俺は最後にそう呼んだのだろうか。
其れは彼の願いに由縁する物かどうかも、最早分かりはしない事だろうに。

俺という存在は、“客人”達ひとりひとりの瞳に、ひとりひとり違う姿を映す。
其の姿は俺を希い呼び寄せる“客人”の心が組み上げる蜃気楼の残滓としての姿。
心から憎む者の姿か、はたまた心から再会を願う者の姿か。
だがあの表情は、あの双眸はどちらでも無いような、そんな気がした。
……推測を思い描こうとも、意味の無い事では在れど。



青白い光が貫く天を仰ぐ。
戻るか、否か。
今の渡し守はただ其れだけを待つ身。
其の身に無数に雁字搦めに這う、色無き蔓と共に。
……戻らぬと確定した其の時、蔓は兆候を示す。

――そして不意に蔓が伸びる。ひとつ、葉が芽吹いて増える。

「……戻られぬ、か。今宵の“客人”も」

只人の業の終末が、又ひとつ葉の形を成して蔓に宿る。

……ひとつ?

……だが、“客人”はもうひとり、いなかったか……?


刹那空間を蹂躙する、苛烈に過ぎる衝撃。
浅く打ち寄せていた周囲の水は我先へと宙へ噴き上がり、滝の如く舟を襲った。
水の飛礫がすり抜けていく己が身を見遣る渡し守の身体が、不意にびくりと震える。

伸びた筈の蔓が、驚くべき速さで縮んでいく、その様に。
まるで逆さ回しの映像を見ているのかと思う位に葉は萎み消え、蔓は縮み後ずさっていく。
手の甲まで蔓巻いていた先端は肘を越え肩まで巻き戻り……そして止まる。
暫しの沈黙の後、再び蔓は緩やかに腕を、肘を這い手首の少し手前まで伸びて止まった。
……が。
縮む前と後とで蔓に芽吹いた葉の数が合わない事に渡し守は直ぐに気が付いた。

何よりも。
――今しがた見送り、業の終末を見届けた筈の……あの“客人”の葉が、無い。
跡形も無く。
まるで存在しなかったかのように。

「……何が、起こった……?」

茫然と呟く渡し守の耳に、遠く幽かに何かの鳴るような響きが届いたのは、その刹那。


「なあ、俺だけのものになってくれねぇか?」
「其の望みには決して応えられぬ。……其れを単刀直入に言い放つ人間はそう居ないが」

……きっぱりはっきりと物を言う漆黒の髪と瞳をした青年は初句から己自身に正直だった。
護衛役として黒衣痩身の男と思しき大鎌背負う人影を連れ、足繁く畔に現れて。

「……幾度も言う事では在れど、只人にとって此の舟に乗る対価は相当に高い筈だが」
「寿命最後の1年だっけか? まー、確かに高ぇが結局はその人間次第だろ?」
「……貴殿にとってはどうなのだろうな」
「究極の選択って奴を1年でやり直せるんなら安いかもしれねぇ、ってとこじゃねぇかなと」
「……其の究極の選択が唯一度と聞こえないのは俺の耳が悪いのか否か」
「スゲェ大当たり。何で分かった?」
「聡い者ならば行き当たる望みの形のひとつでは在る。……だが、其れは叶わぬと知れ」
「何故だ?」
「簡単な事だ。――此の舟に乗る事も唯一度しか許されぬが故に」
「……なるほどねぇ。そりゃ多用は出来ねぇって訳か」

……刻時の娘――クロックラビットの事を知ったのも彼の話が発端だった。
人の身に兎の耳を持つ人ならざる者、思念と触媒とで生まれた存在であるらしい事も。
只人と縁を結び代償無く時を巡り得るらしく、やはり己が元に置ければと彼は語った。
まこと己に正直と言うべきか、願望に際限が無いと言うべきか……。

……何故か、羨ましいと、思った。
此の身と異なり只人の側に、只人の時と共に在れる、彼の娘を。



……泣く声だと、感じた。
涙と共に零れ落ちる、誰かの魂切る声だと。
――否。
誰かに非ず。

“彼女”だ。

何故か震える心の中でそう確信した渡し守は、天より降る青白い光の真下へと舟を進める。
辿り着き、知らず虚空へと、光へと手を伸ばした。
刹那音を立てて絡む彼の身を容赦無く縛り上げる蔓の群れ。
ぎりり、と擦れ束縛の意志を露わにする色無き蔓を見遣り、面の下で知らず唇を噛む。

「……懼(おそ)るるか。此の身が永劫の楔と軛とに背く様を。永劫の業に背く様を」

縮み戻り、再び伸びるも最後の葉がとうとう芽吹かぬ右腕の蔓を、知らず見据え睨み。

「……己等が懼るる程に、他なる心を抱くは愚かなる様なりとでも俺に告げた心算か」

ぎり、と銀の櫂を握る手の力が、強く。

「――黙れ!」

舳先を蹴り、渡し守は櫂を手にしたまま降りる事叶わぬ筈の水面へと飛び降りた。
耳障りな音と共に彼を縛め締め上げる蔓が……しかし不意に力を失う。
突如止んだ妨害を不審に思った彼が沈み行く己が身を見遣り、右手の変化に気付いた。
まるで手甲のように手を覆う形で蔓より咲いた一輪の花。六片の、青白い花。
……しかし、はらりと一片が散る。身代わりと化したかの如く、時を告げるかの如く。

――辿り着け。
――彼の娘の許へ。



名も知らぬ森。
黒兎の耳を、銀の髪を震わせ泣く少女の背後に辿り着いた時、花弁は既に半分失せた後。
……そして四つ目の花弁も遂に萼から離れ塵の如く砕けて消える。

「……“ユエ”……? ……あの人に、何が……」

耳にしたのはたった一度だけ。
だが確かあの男は“彼女”をそう呼んでいた筈だ。
弾かれたように少女が振り返った。
頬を伝う涙止まらぬままで。

――誰、と。

彼女の浮かべた表情は、その一語に尽きていた。

“ユエ”とは、誰。
あの人とは、誰。

何が起きたのか全く理解出来ない渡し守の右手から、五枚目の花弁が散って消える。
刹那、沈黙していた筈の蔓がその反動とばかりに苛烈な束縛を再び遂行せんと音を立てた。
ほぼ同時に甲高い音が響き、白とも銀ともつかぬあの面が粉々に砕け散る。
……蔓に砕かれた面の下には未だ幼さを帯びた少年の面差し。血の気の失せた肌色。
縛め引き戻そうとする蔓に抗う為か苦痛の末か地に崩れるも、櫂を地に突き刺して耐え。
蔓は容赦無く首にまで達するが、顔を上げてしまえばそのまま引き縊られるも時間の問題。

「……魂切、る、涙、流す程、苦しい、なら」

もうこの声すら、“彼女”には届けられないかもしれない。言葉は地に落ちるばかり。

「……望めば、いい……全て癒え、る日、まで、星の河、に……決め、る、のは、――」


最後の花弁が、落ちる。

差し伸べようとした腕ごと、身体ごと、真後ろへと引き倒され……全てが暗転した。



――今宵産まれる子を捧げよなどと。神々もなして残酷な告げをと思うておったが。
――何もかも全て、知っておったが故かも知れぬの。
――名指しされた赤子が産声ひとつ上げず息絶えた上に、蛭子であった事をのう……。

無彩色の光景。
臙脂と思しき色の袴姿の老婆が、抱いていた御包みを小舟へと静かに載せた。

――どうぞ受け取られよ。神々よ。
――この畔より、顔無き奇運の捧げ子を神々の許へ還しましょうぞ。




……銀の舟が、星々の河を進む。
銀の櫂を手に舟を御す少年の面差しの渡し守と、黒兎の耳持つ銀髪の少女を乗せて。
不意にぴくり、と兎の耳を動かした少女が渡し守の装束の袖を引き、彼方を指差す。

「……本当だ。聞こえる。――誰かの、希う声が」

又あの自分に正直過ぎる青年でも来たのでは無かろうな、と零す渡し守。
首を傾げて見上げる少女に、それならまだ平穏だろうけれど、と柔らかな笑みと共に応え。

彼女の身には蔓は無い。楔と軛は、どうやら暫しの同乗者をも縛る心算は無いらしい。
何時か心が癒えたその時に此処を旅立って行く彼女、“ユエ”に蔓寄らぬ事を、彼は唯希う。

……そういえば、と時折思う事がある。彼女が隣にいる前には考えもしなかった事。
彼女のかつての相棒や漆黒の青年、氷雪の主の瞳に己の姿はどう映っていたのだろう、と。
そして、己を見上げる“ユエ”の瞳にはどう映っているのだろう、と。
言の葉を紡ぐ事が出来ない彼女にそれを問う事は出来ないし問う事もきっと無いのだろうが、
どうか己の姿が彼女の心を傷付け苛み続ける者で無い事を、彼は唯祈るばかり。

――彼が舟の上で目を覚ました時、傍にいた彼女に託した約束。
君が旅立つ日まで己の存在が尽き果てる事だけは決して無い、だからひとりにはしない、と。
差し伸べようとした手を取ったが故に此処にいるのだろう彼女への、大事な約束。


「……今宵の“客人”は、何を希うたが故に畔へと辿り着いたのだろう」

呟き、渡し守は静かに白とも銀ともつかぬ面を纏う。
滑るように星々の河を進む銀の舟は、静かに儚い一筋を描きながら、畔へと消えていく――





――これは、現実と夢幻の間の物語。一夜の仮初の夢。

――若し其処に辿り着こうとも選んではならぬ選択の先の、一夜の奇譚也。



--------
……という事で始まった双弟の四月馬鹿。(※只今午前1時15分)

周辺で反応とか便乗とかを発見したら文章がどんどん増えていくかもしれないよ!
……うん今強烈に無茶な事言ったよ期待しない方が精神衛生上宜しいかと思われますorz


(以下4/2)
想定外の風呂敷広がりっぷり(絡み絡まれっぷり)にお茶吹きかけた後ろがひとり。
うん、この一夜で収集つけるとかどだい無理!無謀に過ぎる!(爽やかな笑顔)

……補完とか完結とか数日下さいお願いしますorz
渕埼先輩と江西先輩とユエ嬢と、後は東雲先輩だったよな確か……。



(以下4/5)
……多分佳境までは進んだような気が。
ちびちび追加している為、後何日かかるか自分でも分からないという現実orz

--------
(以下4/12)
多分 終わった 気が しないでも 無い よう な 。何とか一応完結レベルまで達成。

御姿を御借りした皆様からの重箱突き及び扱い酷ぇ等の苦情は全力で承ります所存で!
コメントでも手紙でも容赦無く御願いしますというか むしろ 突っ込み 待ち 。

……とりあえず一日程雲隠れして寝てきますゴメンなさいゴメンなさいorz


(元ネタ出典)
・寿命を対価に願いを叶える:『呪いのシリーズ』のカイや夢使い
・改変次第では今の時間軸で死ぬ可能性も:『霊感商法株式会社』内のエピソード
・神に捧げられた死児、人でも神でも無い者(≒渡し守):『イティハーサ』の夜チ王
・蛭子(この話では五体満足で生まれなかった子供、という意味合い)流し:日本神話

--------
(当日ST欄)
『決めるのは、あなた。――俺は其処へ連れていくだけ』 (1日前半)
『(――呼ぶ想いに、面の下で瞼を伏せ手を差し伸べた)』  (1日後半)

誰にでもある、変えたい過去。
その改変を身を裂く程希うならば、静謐の銀月夜、星海の畔に立つといい。
すると音も無く銀の櫂を漕ぐ人影を乗せた銀の舟があなたの前に現れる。
『寿命の最後の1年』と引き換えに、
彼はあなたをその瞬間へと――変えたい過去のその瞬間へと誘うだろう。
……ゆめ忘れる無かれ。過去の改変は禁忌の所業。
例え思い止まろうが寿命は戻らず、
変えたが故にこの瞬間、あなたは既に命尽きた後やも知れぬ事を。

(当日活性)
星海の畔への“客人”(渕埼先輩・江西先輩・東雲先輩):運命の糸
“刻時の娘”=クロックラビット・ノワール(ユエ嬢):憧れ
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