@ PBW(Play By Web) "SilverRain" & "PSYCHIC HEARTS"
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――2009.02.28
……その時何が起こったのか、少年は直ぐには分からなかった。
嫣然と、だが嘲りの表情を浮かべる眼前のリリスの一挙手一投足に反応しようと集中し、
力を込めるだけで悲鳴をあげそうになる左足をずるりと半歩分ずらした、その瞬間。
不意に己の周囲にだけ暗く黒く落ちる影、反射的に仰ぎ見た宙に闇色の翼。
摩擦音と共に異形より降り注ぐ無数の鋭く禍々しき羽根。
想定外の展開に硬直した瞬間、衝撃と共に身体が傾ぎ後頭部と左足に異なる激痛が走る。
砂利の冷たく硬い感触から後頭部の痛みは地に倒れた為と分かるが、左足は……?
其処まで思考が回って初めて、自分の上に何かが覆い被さっている事に気付いた。
ならば痛みは圧迫のせいかと思い当たったが、直後激痛すら掻き消す事実に言葉を失う。
……無数の禍津の羽根に背を刺し裂かれ、血の紅一色に染まった、真史だ、と。
「畜生、ドウナッテル!? コノ女ガ自分デ迷イ込ンダ奴ハクレテヤルッテ言ッタクセニ!」
足に胴に絡み付く錆び付いた鎖をじゃらつかせ、翼の異形がキーキーと喚きたてる。
……リリスでは生み出せない特殊空間の主はこの地縛霊か。
「マアイイ、アノ人間殺ッチマッテカラ死ニ損ナイノリリスモズタズタニシテヤラァ!」
殺気を纏い急降下と共に両の鉤爪を突き立てた先には……誰も、いない。
驚愕の表情を浮かべた異形の懐へ、水霧漂わせするりと踏み込んだ人影ひとつ。
「――殺られるのはお前だ」
感情の一切を削ぎ落とした声とほぼ同時に触れられた掌。
刹那、極限まで圧縮された水の力が異形の体内を引き裂き、後方へ弾き飛ばした。
異形が叩き付けられた衝撃に遂に耐え切れず轟音と共に崩壊していく鐘楼。
その全てを見届ける事無く、少年は地に伏した真史の元へ駆け戻っていく。
……消滅していない以上、まだ息はある筈だった。
……偶然にも、自分が転がっているのは唯一残った墓石の前。
例え虚構の産物だと分かっていても、どうしても巻き込みたくなかったモノ。
それはたった今迄死闘を演じた教え子にとっても同じだった筈だと信じたい事。
砂利と紅しかない視界が不意に翳る。
「……どうして」
庇ったんだ、と続いただろう言葉が紡がれる事は無く。
「どうして、かしらね」
錆び付いた扉を無理に抉じ開けたかのような声と吐息。一言毎に尽きていく生気。
「……謝りたかったの。成瀬君には勿論、鎖を繋いだ友達にも……」
……そして、貴方にも。
「……こんなんじゃ、先生も、リリスも、失格、だわ……」
リリスに有るまじき感情に翻弄され流されて、そしてこんな最期に辿り着いて。
自嘲の笑みを浮かべようとして……己の手を取り包む手に、気付いた。
「櫻井先生、リリスは兎も角、“先生”は失格なんかじゃない」
「……嘘、でしょう? まだ先生って、呼んでくれるの?」
「さっきは言えなかったけど、あの事故のそもそもの発端も何もかも知ってるから、俺。
……暴走車の中にいたのは人拐い紛いの“変質者”だった……そうだよね?」
もし事故が起こらずに怜が今生きていたとしても、
その代わり他の誰かが……クラスメイトが墓の下だったかもしれない。
いや状況次第では墓すら建てられぬまま何処かで朽ち果てた可能性すら……
「その結果はこうなってしまったけど……先生は生徒を最後まで守ってた。だから」
……だから、“先生”だった事は棄てないで、と。
「……ごめんなさい、半人前だなんて、7年前と何も変わってないって、言って」
例え彼の言葉が偽りの優しさかもしれなくても、もしそうなら尚更、
7年前のあの子供の頃より遥かに強く……強くなった。
そう思っての心からの謝罪なのに、何故か謝られた相手はびくりと身を震わせる。
「う……そ、その辺は自覚あるから大丈夫、です……ホントに」
「本当、に?」
「図星刺されて平静保てないとか精進足りてないし、ある意味未だ一人ぼっちだし」
「いいえ、一人は、嘘、ね。それだけは、断言してあげる」
あの頃だって、彼は決して一人ではなかったのだから。
「……ありがとう、掛葉木、君。向こう、で、ちゃんと、成瀬君達、に、謝ら、なきゃ、ね……」
掠れ囁くような別れの吐息と共に、真史の身体が銀色の光に溶け込んでいく。
名残を惜しむかのように最後の光が儚く瞬き消え去った後、少年は漸く立ち上がる。
……と、不意に振り向きざま左手の刀で真一文字に空を薙いだ。
幾つもの駆動音を従え分離した刃の破片――燕刃の群れが静寂を引き裂き、
瓦礫から這い出し翼を広げた異形を今度こそ黄泉津へと貫き返す。
役目を終えて戻る燕刃の軌跡が切り崩すかのように、空間が歪み色を失い……
……風景の揺らぎが収まった時、寺の内外に満ちる喧騒も戻ってきていた。
それから数瞬遅れて、キャスケットとコートが元の黒へと変化していく。
左手のイグニッションカードを仕舞い込み、右手の仏花に傷みが無いか確認して、
何事も無かったかのように少年は再び境内へ続く門を潜り抜けた。
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