@ PBW(Play By Web) "SilverRain" & "PSYCHIC HEARTS"
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――2009.08.28 NIIGATA
「――今まで聴いてくれてありがとう、それじゃ本当に最後の曲に行こうか」
惨劇を防ぎ運命を改変した面々が講堂内にそっと滑り込んだ時、未だライブは続いていた。
正確には、続いていたアンコールの最後の曲が始まるまさにその直前。
何とか生アルデに間に合ったと目を輝かせる彩晴と対照的に床にぐったり座り込むいちる。
壁に寄りかかる者や椅子に座る者、理紗と一真は終了後を見越してステージ傍で待機。
特殊空間より脱出した後で目立つ傷は異能で全て癒した為、傍目は皆無傷。
身体に残る疲労だけはどうにもならなくとも、そこはしょうがないと割り切るしかなかったが。
それでも誰も命を落とす事が無かったのだから大成功だったと言えるだろう。
一真の傍に今はマウがいなくとも、明日になれば何事も無かったかのように現れる筈で。
ステージ上には鮮やかな赤い髪と赤い瞳が印象的なボーカルの青年を始め、
漆黒の髪を緩く纏めた細身の青年に裾を引く和柄の衣装が良く似合う黒い瞳の青年、
降り注ぐスポットライトの光にきらきらと輝く白い髪の青年……皆美形で長身揃い。
超人気バンドALDEBA-R-ANのサプライズライブで講堂内は熱気渦巻く空間と化していた。
「――そうだね、最後の曲は何がいいかな……うん、やっぱこの曲で締めさせてもらおう」
今の空気だと激しい曲の方がいいかもだけどやっぱ俺達の原点ってこれだしさ、と続けて。
ほんの少しの静寂の後、緩やかなリズムを刻むイントロが流れ出す。
「……“Seirios(セイリオス)”?」
誰かが呟く。
嘗てインディーズだったALDEBA-R-ANが世に出る切欠となった運命の曲。
最も眩しく光り輝く星の名を冠されたその曲は、名前のイメージとは異なる静かなバラード。
――もし其処にいる君の目に、向かう先が本当に真っ暗に映っていたとしても、
――それは君の不安が迷いが君に見せる、意味の無い只のまやかしに過ぎない筈で。
――だけどそれでも恐れるのなら、どうか足を止めて振り向いて。
――君の傍にはいつも必ず僕はいるから、だから手を繋がせて、一緒に歩かせて。
――一人で泣かないで、この世に自分だけたった一人だけしかいないって言わないで。
――僕にとっては君こそがこの世界の暗闇を照らす、たった一つの輝く星だから。
――君の傍にはいつも必ず僕はいるから、だから手を繋がせて、一緒に歩かせて。
――この手では誰一人も救えないなんて言わないで、私には力が無いなんて言わないで。
――君のその手こそが、僕にとっては何より一番の救いの星なのだから。
英語の原詞を訳せば多分こうなると思われる、静かな密やかな恋の歌が紡がれる。
遠い昔に存在したという救国の騎士にして唯一の姫君と、忠実な従者にして勇敢なる騎士、
そんな架空の物語を背景として生み出されたという語られぬ騎士の恋の歌。
……紡がれ尽くした旋律の残響が完全に溶け消えた時、万雷の拍手が講堂に轟いた。
「……はいはい、真に残念なのは承知の上でプログラム戻るよー。七宮寺マイク返すー」
「はいっ、ライブの間の司会本当にありがとうございました相馬さん!」
「あー忘れてた朗報朗報。パーティーの間ならメンバーと歓談OKだよー。……え、サイン?」
ステージ下からの叫び紛いの質問に相馬という名の男子がアルデの面子と何事か交わす。
「えーと、サイン欲しかったら根性で捜し出せってさー。今から皆仮装して紛れるからーって」
……一寸待て、事務所とか大丈夫なのかこのバンド。流石4組絡みというか何というか。
「ALDEBA-R-ANの皆様、本当にありがとうございました!! ええと、ではそろそろ……」
「へい、此方最終確認してた2組の市川。ビュッフェ準備出来たんで食事もそろそろどーぞ」
ピンマイク装備で理紗からの振りに応えた一真。実は一真も責任者クラスだったという。
敢えて当日確認という重要ポストに就く事で諸々の時間稼ぎの一環にしようとしたらしいが、
どうやらこの職権を濫用してまで時間を引き伸ばす必要が無くなったのは僥倖と言えた。
……やはりライブの効果は偉大だった。
一時的な休憩時間の開始を告げる理紗の言葉に再び騒がしくなる、照明の満ちる講堂内。
全力ダッシュでサインゲットに走った彩晴を無言で見送り、いちるは再びぐったりと項垂れ。
「皆様もどうか御食事していって下さい。沢山用意してますから御遠慮なさらずに」
半ば精神的に死に掛けの双弟の代わりか、御一緒に如何ですかとはたるがユエ達を誘う。
戻ってきた理紗と一真にも誘われ、いちるを除いた面々がビュッフェスペースへ向かった。
遠ざかる皆の足音が完全に聞こえなくなるのを耳で確認してから彼は漸く顔を上げる。
……泣きそうになるのを必死に隠していたのか、潤む目が赤く色づいていて。
「……大丈夫か、いちる」
冷えた缶ジュースが頬に当てられる。
「……ええ、残菊先輩」
手だけで受け取りプルトップを開ける、床に座ったままの態度の悪いタキシード姿の少年。
「……俺にとって本当の地獄はある意味これからですから」
「地獄、って……一寸待て、だってもうゴーストは倒したしもう何も」
「はは……だったらレンタル衣装のスペースに先輩引っ張ってきますが構いませんね?」
疲労が滲む顔で、それでも何とか笑ってみせた。
話が聞こえていたのか視線を明らかに逸らしたらしい寅靖が残菊の向こうに見える。
……何の単語が琴線に触れたのかは、余り詮索しない方が良さそうだ。
少し不審な寅靖の様子に一体どうしたんだろうと怪訝そうな表情をする残菊、
理由が分かったような気がするが敢えて何も言わず意味深な笑みを浮かべた唯。
レンタル?と首を傾げたユエに、着たい服があったらどうぞと理紗がスペースを指差す。
「……そろそろ時間か?」
「ええ、準備はいいかしら?」
「……覚悟はとっくに出来てる。連れてけ」
「普通エスコートは貴方の役目じゃなくて、いち?」
「畜生、何でそんなに元気なんだよ御姉様。――まあいい、御手をどうぞ御嬢様」
前髪をかき上げ、眼鏡のずれを直して恭しく手を差し出す双弟。
その手に手を重ね、深緋色のドレスの裾を翻して花綻ぶ笑みを浮かべた双姉。
……双弟曰く『本当の地獄』、ダンスコンクールが始まったのはそれから間も無くの事。
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