@ PBW(Play By Web) "SilverRain" & "PSYCHIC HEARTS"
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――2009.08.29 NIIGATA
「昨日……つか今回は本当にありがとうございました。俺達を助けて戴いて」
「いや、此方も力及ばず君の相棒を守れなくてすまなかった」
「大丈夫ですって、今から寝て起きたらマウも普通に俺の横転がってますから」
それに受験で俺鎌倉行く予定だからその時改めて挨拶させます、と一真が笑った。
真夏の夜の舞踏会が無事に、本当に無事に終わったのは日付も変わって久しい頃。
何事も無かったかのように静寂を取り戻した講堂前に運命改変の面々は集まっていた。
既に各々の私服に戻った一真に理紗、はたるといちる。
あの後開催されたのはぶっ通しで行われたダンスコンクールだけではなかった。
飛び入り演奏タイムでは誘われた唯が二つ返事でアルデメンバーとの競演を果たし、
出会って間もない筈なのに絶妙のコンビネーションでブレイクダンスを披露した一真と彩晴、
フォークダンスの流れる講堂の隅でユエや寅靖を始めとして皆で小さな輪を描き踊り、
飾られた造花と装飾とで即興的に作られた残菊の髪飾りが女性陣の髪を優しく飾り……
……ああ、コンクールの結果はといえば……はたるの横のトロフィーを見てくれ、とだけ。
ついでに彼女の隣で精神的瀕死の双弟の疲弊っぷりと。
「……と、俺は親呼んで七宮寺の送り共々自分の家戻るけどいち達は?」
「この時間じゃ電車もバスも無いし駅まで戻るに……待って、電話が」
震えた携帯を開いて画面に浮かんだ名に一瞬眉を顰め、直ぐに通話開始のボタンを押す。
「……この時間起きてるとか奇跡……え? もう門の前に来てる?何企んでんですか?」
二言三言喋って通話を切ったいちるの表情が何とも言えないものになっていた。
「……俺達全員の迎えが来てる、らしい。校門前に」
「あら、タイミング良過ぎじゃない。さて一体誰の差し金かしら」
「校門にいる筈の本人問い詰めて下さい俺は何も知りません」
校門から出た面々を10人位軽く乗れそうなワゴンに寄りかかって待っていたのは長身の男。
サングラスを掛けている為顔立ちは分からないが、笑っているのは明らかだった。
「皆さん、夜遅くまで本当にお疲れ様。もう交通機関全滅の時間帯だから迎えに来たんだ」
深夜帯に起き出して皆を待っていたらしい割には元気な、しかしさして若くは無いだろう声。
……始めて会ったにも拘らず何処かで見た事があるような妙な感覚を覚える面々。
黒味の強い焦げ茶色した短めの髪といい背の高さといい、確かに、何処かで。
「とりあえず転がって寝られる場所まで送ろう。暴れたのはパーティーだけじゃなかったろ?」
『全て知っている』と思しき口ぶり。
「……不審者じゃない事だけは俺が保証する」
では何が保証出来ないのかと聞きたくなるような吐き捨てっぷりを見せるいちる。
「そうね、不審者ではないわね。皆様どうぞ、この方の御言葉に甘えましょ」
正体が分かっていて敢えて何も言わない事にしたらしいはたるが躊躇わず最前列の席に。
戸惑いながらも乗り込む仲間達を見送り、助手席に滑り込むいちる。
「……さあ目的が何なのか即座に吐いて貰っていいかな」
「今は無理。――後ろが静かになったらな」
――波の音が聞こえる。
転がれる場所まで送ると言ったあの男の車が走り出した後に眠り込んでしまった為、
目が覚めた今、一体どんな状態なのかユエには全く分からなかった。
後ろを振り向いて背凭れ越しに覗くと仲間達も疲労が祟ったか座席で揃って沈没している。
でも、人数が明らかに足りない。
隣にいた筈のいちる兄ちゃんのお姉ちゃんと、
後ろからお姉ちゃんに話しかけていた彩晴兄ちゃんと、
何よりいちる兄ちゃんと……あの男の人が。
窓にはカーテンが付いていたが、差し込む光は夜とは思えない位に眩しい。
そっと引いたカーテンの向こうに広がっていた光景を目の当たりにして……思わず叫んだ。
「……海だー!!」
見た事のある真っ白な砂浜とは違ったけれど、広がっていたのは間違い無く海。
急いでワゴンのドアを引き外に出ると、潮風と太陽の光が彼女を出迎える。
ユエの声に驚いたか次々と目を覚ます男性陣も、想定外の光景に目を細める。
「……そろそろ起こそうと思ったんだけど……遅かったか」
「ああっ、いちる兄ちゃん!? ねえねえここ一体何処なの海なの!?」
「勿論海だよ。寺泊(てらどまり)って言って分かる人いるかなあ」
「寺泊……まさか寺泊港?」
「ええ、御名答です渕埼先輩。……父さんに揃って拉致られたんですよ俺達」
……デジャビュの原因判明。そうか、いちるに外見の其処此処が似ていたんだあの男。
「本当は笹川流れと迷ったんだがな、向こうのが遠いし本領は夕日の時間帯だしで諦めた」
機会があったら夕日会館から夕日眺めてみてくれると嬉しいな、と近づいて来た男が言う。
「ま、俺としちゃ観光も無しで返すのも何だったんでね。魚のアメ横御招待って奴さ」
「へーい叔父さん、炭火の火準備完了ー。そろそろ材料買わんと無駄になるー」
「おう、手際完璧だな彩晴。それじゃダッシュで現地調達始めようか」
「……魚の類なら目の前の海岸通りで山程揃ってるからいいけど他のはどうするのさ」
「それはクーラーボックスに放り込んでるから後で開けろ」
息子の至極当然の質問を瞬殺し、海岸通りの喧騒を興味津々で眺める面々に向き直る。
「食えない物があったら遠慮無く言ってくれ。海老、蟹、岩牡蠣に烏賊等々揃ってるぜ?」
「……蟹?」
何でこの真夏に蟹? しかも牡蠣?
季節が激しく間違ってなかろうかと思わず問うた寅靖にいちるが苦笑する。
「……海水浴に持ち込む位夏でも蟹が普通なんです、新潟。岩牡蠣も今が旬で」
鎌倉に来て本当に吃驚した事のひとつだったと遠い目をする新潟出身の少年。
「色々食ってゆっくり休んだら駅まで送るさ。此処からなら燕三条が近いしな」
もし高速で帰るなら一寸遠いが新潟駅まで戻ればいいと言い切るいちるの父親の言に、
気になっていた事があったらしい残菊が思い出したように話し掛けた。
「燕三条、とは新幹線の?」
「ああ、上越新幹線で新潟の隣だな」
「……だから、なのか……? 行きは高速バスだったのに帰りが新幹線の切符なのは」
「残菊先輩?」
「いや、出発前に予報士がくれたチケットが違ったんだ」
行きの分は高速バス、新宿駅前から万代シティバスセンターまでの4人分。
対して帰りは燕三条駅から東京駅までの新幹線と鎌倉までの在来線、しかも6人分。
「……典杏?」
「あー、偶然かも知れんが燕三条から帰る方が正解かも知れんぞ?」
「……何でなのか聞きたくないけど聞いていいかな父さん」
「いや今ラジオで言ってたんだが新潟駅周辺で何か妙な小ネタが相次いでるってさ」
突如起こった謎のトラブルで狙ったかのように高速バスが動けなくなっているらしい。
……いやまさか典杏、他の運命予報でこの現状を見ていたのか……?
「……偶然だ偶然に違いない絶対そうだ」
「そうだ、いちる兄ちゃんお姉ちゃんは? さっきから何処にもいないけど」
「はたの事? はたなら今頃試験会場だよ」
「試験!? 昨日の今日でか!?」
「ええ、だから本当はパーティー行かずに勉強する心算だったみたい」
だから今日も余り無茶しなきゃいいんだけど、と零すいちるの頭をぽむぽむ叩く唯。
「ま、心配したって始まらねぇさ。それにそんな事で負けるような姉貴じゃ無ぇんだろ?」
「……ええ、其処に関しては嫌という程思い知ってます」
「おら急げいちー、炭燃え尽きちまったら飯抜きになっちまうんやからさっさと来い!」
「はいはいはい、お前も大概元気過ぎるよな畜生……」
大人も子供も含めて総勢7人、朝早くから観光客溢れる市場通りへ駆け出していく。
真夏の夜の宴は終わり、真夏の朝の喧騒がいつも通り世界に満ちていく。
――改変された運命の真実など知らぬが如く、いつも通りの平穏な一日が始まった。
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