◆密やかな来訪者 -真夏夜に舞えGhost Dance!!-

馬鹿全開の追加編だけ転がすのは色々と酷いので真面目な物も。

・誰の視点だかはすぐに分かるので割愛
・話中の『相手』は鎌倉組の誰を当て嵌めても通用するようにしたつもり。


（2010/02/20）
もし彼女が出逢った相手が渕埼先輩だったら、という打ち返しが！打ち返しが！
　→『密やかな来訪者　-真夏夜に舞えGhost Dance!!- (ver.T)』

鎌倉、という場所に来るのは生まれて初めてだった。
そりゃ実家の外に出た事が無いとかそんな事じゃないけれど。
ただ本当に縁が無かった。

私よりも先に縁が繋がった弟は２年以上も前にこの地に来ている。
来たる冬の戦いを制せば、私も春からは此処に来る。
色々正念場ではあるけれど、まあ何とかなると思うしかない。弟のように。


猫の姿でこっそりと学園の近くまで寄ってみた。
……１つのキャンパスでこの規模、しかもこれが鎌倉各所に点在しているというから驚きだ。
その上毎年春の新学期はクラス替えならぬキャンパス替えまであるのだとか。
同じキャンパスが続く事などそうそう無いようだから、迷ってしまうと大変かもしれない。
やれやれ、と通う事すら確定していないにも関わらず溜息が洩れた。

そのまま人の姿には戻らずに周辺を散策してみた。
連休中という事もあり、学園内にいる学生の姿は疎らだ。
その代わりに商店街やら喫茶店やら何やらからは賑やかな声が聞こえてくる。
あれらの店の中には銀誓館の学生が運営している所もあるらしい。
そういう運営資金すら簡単に出してしまえる学園の凄さは半端な物ではない。
……それだけの想いを能力者達に託しているのだという事をまざまざと思い知らされる。

……どれ位塀の上で佇んでいたんだろう。
我に返った時、すぐ傍を通っていた人間と目が合った。

一寸拙い、と思った。

普通の猫ならいざ知らず、自分の姿は普通の猫とは程遠い。
白猫なら普通にいる。虎縞猫でも普通にいる。
但し両方は、白い身に虎縞を持つ猫は流石に普通に御目に掛かった事が無い。
だから下手にこの姿で外をうろつくと子供に追われたりするのが常。
蒐集家らしい人間に全力で追い回された事すらある。

諦めて威嚇の振りをしたが、ふと相手の顔を見て……それも止めた。


場所を公園に移し、人の姿に戻ってから相手と話をした。

先日故郷で助力戴いた事への礼と、弟がお世話になっている事への礼。
あの翌日のテストは意外にも高得点を弾き出し、本番の一次試験免除を獲得した事。
来年の年明け早々に本番の試験があり、試験会場が横浜である事。
今日はその会場までの交通経路を確認するついでに鎌倉まで足を伸ばした事。
夕方には東京駅へ戻って新潟へ帰る事。
それなら弟を呼ぼうか、と携帯を取り出した相手に首を振る私。
今日の事は何も言っていないから何も知らせずにいて欲しい、私とあなたとの秘密だ、と。
そうして、相手の話を聞く。
新学期開始早々、何やら怪しい組織が詠唱銀を狙っているらしいという噂。
それから暫くして銀誓館学園では前期期末試験が行われた事。
そしてその結果発表とほぼ同時の一報は……また戦いの火蓋が切られようとしている事。
今度は、茨城県。
銀誓館とは色々と因縁のある、妖狐と呼ばれる来訪者の儀式を妨害するのだとか。

……多分弟も行くのだろう。
私には何も言わずに。

そうそう、あの改変の日までの間に一度姉弟で大喧嘩したと言ったら相手は目を丸くした。
話を聞く限り仲の良い双子だし、現にあの日も険悪さの欠片も無かった、と。

仲が良い、とは多分違う。
互いの差異を認めた上で双子として在るだけ。
物の考え方も扱い方も何から何まで違って当然だから、互いを尊重する。
それでも譲れない箇所が出てきてしまえば真っ向からやりあうだけでしかない。
まあ武器だの異能だの持ち出せば家が壊れるから徒手空拳と言葉しか使えないけれど。

……流石に大喧嘩の発端だけは相手にも言えなかった。
非はダンスコンクールに参加する事をギリギリまで弟に言わなかった私にあったから。
ダンスの練習で疲弊していた所への追い討ちだった事もあり……まあ、それ以降は色々と。
散々やりあった挙句に『衣装替える暇があれば練習させろ』という弟の言い分が通った形。
結果は栄冠だったけれど……この分はちゃんと弟に報いなければ。辛い思いさせたし。


様々な情報交換の後、手を振って別れた。
伯父の店も外だけ見ようかと思ったが、弟がいそうなので今回はお預け。
ちゃんと夢の鍵さえ手に入れられれば毎日見られる場所になるんだ。

……だから私は全てを懸ける。

私の夢の為に。
そしてこの鎌倉の春に出逢う為に。