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@ PBW(Play By Web) "SilverRain" & "PSYCHIC HEARTS"
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意識が戻った時、俺の視界には天井が広がっていた。
空気中に薄く漂う消毒薬の臭いと、背中に当たるスプリングの感触。
病院に担ぎ込まれたのでなければ、保健室なんだろう。

……確か俺は、人の目を避けるように、屋上へ繋がる階段の踊り場にいた筈だ。
そして、母さんしか受話器を取らないだろう昼休みを電話に充てた筈で……


「――良かった、起きた。頭とか、痛くないか?」


右側から声がした。
ぶつ切りに聞こえなくもない喋り方。酷くハスキーな、中学生男子にしては高い声。


「……夏来(なつき)」


……はは、何てタイミングで横にいるんだよ。




--------

「階段の横、通り過ぎたら、足見えて。誰か倒れてる、って思って見たら、君だった」
「声嗄れ通り越して潰れてるぞ夏来。苦しいなら筆談に代えていいよ」
「ああ、平気。助け呼ぼうとして、思わず、叫んじゃって」
「……頼む、筆談でいいから」

1年間だけ同じ小学校だった彼と再会したのは本当に偶然。しかも銀誓館で、とは。
失語症を患っていた影響か今でも長時間や長い文章、大音量で喋る事が余り出来ない。
……喉に傷や障害があるというわけでは無いから、多分精神的なものなのだろう。
だから彼の場合、喋るよりも筆談の方が会話スピードが上がる。語彙の量も。
睨んでいるのだろう俺の顔を暫し眺めていたが諦めたのかノートとペンを取り出す夏来。

『顔が真っ白。風邪?睡眠不足?偏食で栄養不足? でも君の場合最後は有り得ないな』

“発声して喋る”より遥かに速く“紙の上で喋る”スキルは健在だ。

「残念ながら後ろ2つは実際やらかした時期あったけどな。……その前に今何時だ?」
『少し前に5限目の終了チャイムが聞こえたとこ』
「……夏来、まさかとは思うが、ずっと此処にいたのか? 授業大丈夫なのかよ」

身を起こしながらの俺の問いに夏来はにっこりと笑んで人差し指を唇に当てる。

「ぎ・し・ん・ふ」
「……お前なぁ」

本業符術士の恩恵を此処で使うか、此処で。

『使えるものは使うに限るし、何より放っておくのも嫌だったから』
「だからって学生の本分投げるのもどうなんだって……いや、すまない。ありがとう」
『礼は要らない。オレが勝手にしたいようにしてるだけだ、気にも病むなよ』
「……礼位させてくれ。――そうだ、携帯は……!?」
「君の、枕元」
「……ホントだ、あった」
『開いたままだったけど、待ち受け画面しか見てないから。しかし中まで雪が降るか』
「見てると落ち着くから。……なあ、夏来」

ごちゃごちゃな頭と心のまま、聞く筈だった問いを、迷いながら口にした。

「今年の仕舞いから年明けにかけて、高澤の家で何か興行や上演を打つ予定は?」
『例年なら矧に縁の神社で年越しの奉納舞したり新年の舞い始めとかだけど今年は無し。
ほら、来年のお正月は総揃いだろ? だからそっちの準備で全部持ってかれてる。
勿論オレも“嫦娥(じょうが)”舞うぜ。多分舞い納めじゃないかな、身体的年齢的に』
「……どうして先ず性別的に、って但しを付けようとしないかな。嫦娥は月の仙女だろ?」
『子供の頃は女形の方が遥かに多かったから変とも思わないんだよな、もう。
しかし化粧でどうにかするレベルじゃ無くなってきてるし体付きも完全に男になっちまったし、
そういうわけで“嫦娥”の舞い納めをあろう事か失敗ダウトの総揃いで敢行するというオチを』
「……やっぱりダウトなのか?」
『ダウトに決まってるだろ。オレの職業は舞踊手なんだから。……まあ、近い未来、な?』
「他の宍矧……は分からないよな流石に」

「――他の、がどの辺まで指すか分からんが、あたしは“黄香(こうこう)”確定だぞ?」

夏来の後ろのカーテンが引かれる音と共に現れた高校部の女子制服姿。

「……茅都先輩……?」
「多分芸事で身を立てるか立てようとしてる宍矧の家は大体御達し出てるんじゃないかな。
あたしの場合宍矧首座が舞えて当然の演目だから後はもう復習あるのみなんだが……
いやいや運がいい、一度見たいと思ってた“嫦娥”演るのが何と宍矧夏来(からい)だなんて」

宍矧首座の茅都先輩は、宍矧の人間を大体もう一つの名前で呼ぶ癖を付けている。
元々宍矧は殆どが全く異なる苗字で、宍矧を生まれつき名乗るのは極一部に過ぎない。
そして矧に関わる時だけ宍矧の苗字を通例として使い、人によっては読みも変える。
運命予報士宍矧典杏も正確には堤典杏(つつみ のりあ)、先輩も本当の苗字は椎名。
本来『なつき』と読む夏来も矧が絡むと芸名兼用の『からい』を名乗るのだが……

……さて一体俺達の話をどの辺から聞いてたんだろう、先輩。
既に見知った関係の俺は別段驚かなかったが対して夏来は首座の突然の出現に固まり、
『女形ならぬオネエにならないように努力はします』とノートに“喋った”のが精一杯で。

「しかしだな、総揃いで一番大変なのは他ならぬ君達だろうに。15歳の暁降達が」
『聞いた話では暁降の昔の元服の儀の名残とか。結構派手に色々したみたいだけど?』
「……俺は夏にお祖父ちゃんから『1日正座に耐える策だけ考えとけ』しか言われてない。
台所の手伝いしようと思ってたのに何も手を出しちゃダメらしくて凹んでたんだけどさ……」

一度言葉を切るが、未だにごちゃごちゃの頭と心のまま、迷ったまま。

「……“三祷”、挑もうかと……思っていたんだ。だけど……分かんなくなった、俺」


『残り1ヶ月と少しで何とかなるかは博打レベルだね、“三祷”。だけど何よりも――』
「何よりも、暁降は“三祷”を認められても継承は最下位固定だろう? 重荷が増えるだけだ」
『出来なくなる事の方が遥かに増える、と聞いてる。最悪宗家から出られなくなるとか』
「……それは知ってる。……というか何で先輩も夏来もそんなに知ってるんだ“三祷”を」
「そりゃ元々は掛葉木の人間が宗主に足るか見極める宍矧主導の選抜試験だったからさ」
「……何それ。思いっきり初耳」
『だって“唱”は歌だし“踏”は舞い、芸事に全てを懸けてる宍矧の本領じゃないか。
“祓”だけは首座連や尭矧向きではあるけど、残りはこちら側さ。
宍矧相手に敢えて挑むだけの度胸と技量をお持ちで無いなら宗主なんか無理だっていうね』
「そんな難易度だからこそ、認められれば宗主の継承順位がくっ付いてくるわけだ。
だが暁降だけは宗主と最も遠い位置にいなきゃいけない。ぶっちゃけ対立存在でなきゃ、な。
幾つも幾つもあった危機を矧が切り抜けてきたのは、他ならぬ宗主の手腕と暁降の諫言だ。
……もしかして、夏の事を未だに引き摺ってるのか?」
『斎家で一寸した鉄拳制裁があったとか家元が笑って話してたけど……何かあったのか?』
「……あれは鉄拳制裁って言うのか?」
「宗主からの説教を鉄拳制裁と呼ぶんだ宍矧は。まあ約1名あたしがぶん投げたけどさ。
傲慢なジジイ共が暁降と銀誓館を廃棄物扱いしやがってくれてねえ。久々にカチンときたわ。
禍津相手に死にかけた月主の前で悪いが、あれは何人かトレインで轢いても良かったよ、と」
「……先輩、デスサガの影響受け過ぎ」
『そういえば先月高澤で門下生増えたんだが、関係ある? 殆ど矧の子だったけど。
歳の割にやけに身体が細かったり絆創膏だらけの子がいたりと気になってはいたんだよ』
「うちの家元も何人か預かってる。落ち着いたら順次銀誓館へ編入させる予定だよ。
ああ、月主は聞いてたから予測付いたかもしれないが、尭矧による一斉捜査の結果だ」
「嘘だろ、そんなに居たのかよ……!?」
「いたんだよねこれが。しかも親側に一寸狂気混じりのがいたりして首座連引っ張りだこ」
「……狂気絡んでたら俺が行くって言ったじゃないですか、何で何も」
「悪い、そういう家に限って何故か宍矧だったもんで……恥晒すようで一寸言えなかった。
それに月主も家に殆ど居ない時だったんだよ。廉貞百鬼夜行の頃だから」
「……あの頃、か。確かに俺GTに潜りっ放しか教室で相談してるかの二択だった」

深い溜め息を吐いて項垂れた俺の肩をつつく夏来。顔を上げた俺にノートを示す。

『この際はっきり言っとくが、オレは君への協力なら惜しまない。……“三祷”、挑むかい?』
「……俺が挑むのは、重鎮達黙らせる暗器が欲しかったからだ。それは今でも変わらない。
変わらないけど……分からなくなったんだ。俺は本当に挑むべきなのか、否か」
『譲れない理由があるならいっそ挑む方が心の整理はつく。それでもまだ、迷う理由が?』

夏来の問いに、頷く。

「……“友人すら救えない矧の力、矧なら捨ててやる”。俺は昔、そう口走ったらしい」

空気が凍る。

「親友が死んだ時だけど、それだけでそんな事口走る筈が無いんだ。……多分、きっと」

瞼を閉じる。

「……もしかしたら、あの時他にも何かあったのかもしれない。でも俺には全く記憶が無い」

怜との思い出とその死と関わる顛末とでさえ、漸く全部受け入れられるようになったばかり。
例え来年の2月28日が再び雨だったとしても、もう墓の前で泣く事は無いだろう。
……いや、それ以前にあの頃の同期生が大集合して泣く暇すら無いような気もするが。

「俺がその時矧をそこまで全否定した理由が分からない以上、“三祷”には挑めない。
いや、“三祷”の方が俺を認めちゃくれないだろうね。二つ心を抱いて挑めるものじゃない」
『……変革の世の矧の導き手が矧なんか要らないとまで言い放つなんて余程の事態だ。
しかし、“三祷”は矧に属し矧に骨を埋める覚悟がなければ挑む事を許されない試練。
そうだね、君は知る権利も義務もある。その言葉の真意を突き止める権利も義務もを』
「なるほどな、過去の自分が生み出した矛盾の真意が分からない以上は、か……。
だが背を向けない覚悟はあるんだね、月主。それならば存分に探し出せばいい。
そう、その全てが終わった時にまだ時間の余裕があれば、あたしも協力は惜しまない。
あたしと宍矧夏来とでスパルタすれば1週間で“踏”叩き込む事も不可能じゃないよ」
『“唱”はオレ音痴だし“祓”は宗家に丸投げだけど、最低限“踏”なら任せて』

……言葉が出なくて俯いてしまった俺の髪をわしわし撫でるのは多分茅都先輩で、
多分俺の横で夏来は灰色がかった黒髪を揺らして笑んでいるのだろう。

「――ごめんなさい、頼りないにも程があり過ぎる暁降月主で」
「気にするな、あたしが首座継いだ時も滅茶苦茶楽しい事になって大騒ぎしたものさ」
「オレも、似たようなものだよ。外からの養子、それも、流れの興行一座からかよ、って」
「……全部終わったら、思い切り頼らせてください。にしても、気になってたんだけど」

……物凄く自然な登場だったので疑問に感じるまで時間がかかったが。

「……何で茅都先輩がタイミング良く此処に」
「あー……いや、一寸君に用があってだね、教室行ったら保健室だって言われてね」

明後日の方向に視線が逃げている。……夏来がいると話せない内容なんだろうか。

『あ、オレ邪魔になりそうなら外しますよ。オレと彼の分の荷物取ってくる時間欲しいし』

同じ事を考えたらしい夏来がノートを先輩に示す。

「気にするな、私事だが気恥ずかしくて……親の為に“迎家(げいけ)”予約したいんだが」

実はあたし迎家の電話番号知らなくて伺いすら立てられないんだ、と目を伏せた。
逆に顔を見合わせる俺と夏来。

『電話よりメールの方が早いですよ、予約なら。オレ両方携帯にあるから赤外線ででも』

ノートを見せると共に葡萄色の地に黒く細い唐草が踊る携帯を取り出して笑う夏来に、
茅都先輩も慌てて銀色の丸っこい携帯をポケットから引っ張り出したのだった。
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