@ PBW(Play By Web) "SilverRain" & "PSYCHIC HEARTS"
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明けて、1月3日。
宗家や漂家に残る者は、歳神や矧の祖霊をもてなし1年の幸いを祈る祭礼を執り行う。
そして、他の場所で最も重要な祭礼を取り行う者も。
防砂、防風防塩の為に生み出された林の中、円形に開けた地。
円の端には小さな祠。
集うは楽士、歌い手、衛士、審判者。車座に座り、時を待つ。
後は、奉納者の到着を待つのみ。
――此処は矧の宿命の儀、『三祷』奉納の地。
宗家や漂家に残る者は、歳神や矧の祖霊をもてなし1年の幸いを祈る祭礼を執り行う。
そして、他の場所で最も重要な祭礼を取り行う者も。
防砂、防風防塩の為に生み出された林の中、円形に開けた地。
円の端には小さな祠。
集うは楽士、歌い手、衛士、審判者。車座に座り、時を待つ。
後は、奉納者の到着を待つのみ。
――此処は矧の宿命の儀、『三祷』奉納の地。
--------
……幽か、聞こえたのは鈴の音。
衣擦れの音。
金鎖(かなぐさり)を思わせる、しゃらり、さらりと涼やかな音。
風に揺れる木々の音。
静かな足音、砂を食む音。
種々の幽かな音を連れ歩く主の姿を認め、おや、と片眉を上げた者がいた。
――この歳で、此処まで“極意”に忠実な姿とは。一体誰の知恵に拠るものかしら。
審判を司る者等の中で無言を貫いたは彼、唯ひとり。
現に周囲の御同輩は我先にと囁き交わしている。……独創的に過ぎる、と。
――独創的、か。しかし“極意”に則ればこれ程までに正しき姿も無いのだけれど。
“彼”の正装たる濃藍の装束。
視界と顔を隠す為か、被衣を思わせる薄い単。
胸元に下がる、鏡を中心に据え管玉や蜻蛉玉、勾玉を通した首飾り。
片手には紋様を彫り込んだ鈴を結わえた榊の一枝。
携えた刀は、決して抜けぬように鞘も鍔も帯紐で雁字搦めに結び止められている。
首元には儀礼の最中とて決して外さなかった青石と革の環。
革や木で造られる古来の靴では無く、荒れ地を駆けるが相応しき編み上げ紐の靴。
装束の袖に見え隠れする左の手首には、複数の銀の輝きが見て取れる。
――清めの鈴、榊の一枝と不抜刀は“極意”にて必ず携えねばならぬ三祷の印。
――装束の色と被衣、円の鏡は“彼”の立場を示すもの。
――そして、あのチョーカーと靴と銀の装飾は、他ならぬ“彼”だ。
――『己が全てを偽らず欺かず、矧の外の生き様に背を向けず矧の導に全て晒せ』。
――さて、ここから何処まで“極意”を見せてくれるのか。……無理が無いといいが。
「……矧に連なる者、矧の宿命(さだめ)に遵(したが)い、故に己が心を示すもの」
祠の前に辿り着いていた“彼”の声。
「依代に宿る矧の導(しるべ)に誓う、矧の名を継ぎ矧の外も偽らず己が全てを示す」
鈴と榊、刀は祠の前の祭壇の上。
「……願わくば、このひと日のみ、月の主の定めに背き陽の下にある事を許されよ」
――誓句。そして月主であるが故の末句。……成る程、これも“極意”。
声が響く。
その顔立ちから想像するにはほんの少し低い、しかし風の音を易々と貫き通る声。
例の彼を除き、周囲の審判役がぎょっとした表情を浮かべて食い入るように中心を見る。
……曰く、『歌詞があるなど聞いていない』と。
――そりゃ、解き明かさねば存在すら秘匿された歌詞だ。……何て事だ。見つけ出したか。
楽士の音、歌い手の合わせに乗り、隠された旋律を紡ぎ歌詞を紡ぎ歌い続ける“彼”。
暗唱してきたらしく、何も見ずに歌う“彼”の表情は何処にでもいる普通の少年そのもの。
企み秘めた悪戯っぽい笑みと取れるのは、この状況すら楽しんでいるように見えるからか。
元々養子から歌う事に関しては得手の方だと聞いてはいたが、確かに。
楽士も歌い手も嬉しげなのは……もしかしたら、彼等は歌詞の存在を知っているのやも。
――宗主様、今あなたは何を抱いている事か。得難きを得た、あなたは。
ちらと視線を走らせた先、宗主と呼ばれる初老の男は、ただ静かに“彼”を見守っていた。
数十年前に同じ儀式を奉納した宗主は、孫息子の様をどう見ているのだろうか……。
ばさり、翻る袖。
中学生にしては些か高過ぎるような、しかし現代では珍しくも無いのかもしれない上背。
まるで霧か靄を紡いで織り上げたかのような白い紗の単を被衣にして舞う“彼”。
その左手には、縹色の組紐で鞘と鍔とを固く結わえ飾り結びが施された長尺の刀。
……しかしその舞は昔とも今とも、伝統とも革新ともつかぬ風変わりなもの。
衣の捌き、重心の動かし方、足の運び、手や腕の位置や動きに共通性が見出せず、
風変わりで異質で、しかし舞曲に先んじる事も無く遅れる事も無く、付かず離れず舞う。
――末恐ろしい子だ。どう見ても動きの一部はこの国の外の舞踊に違いないな。
これが“彼”の生き様か。
否定せず拒絶せず、糧になり得るもの全てを纏って。
左の手首に絡まる銀の輝きがちりり、と触れ合って幽かな音を奏でる。
鏡を中心に据えた首飾りに何かを仕込んであるのか、涼やかな音が風に乗る。
靴の下の砂の音すら楽士が生む舞曲の楽器に仲間入りしているような錯覚。
……ふと、不意に気付く。
刀を真一文字に構えた後、長く垂らされた飾り紐の片方の端を“彼”が咥えている事に。
一拍の後。
刀を薙ぐ動作と同時に、固く結ばれていた筈の組紐が、嘘のように解ける。
宙泳ぐ紐を手繰り寄せ掌に巻き付けた右手でそのまま柄を握り鞘から抜き放つ。
音も無く斬り払われ風に舞う白の紗。
地に無数の紗の破片が雪のように舞い落ちるのと、楽の音が止むのはほぼ同時だった。
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