◆errare humanum est -6-

――2002.02.15

「――６度７分。昨日までよりは遥かにマシね、８度台うろついてたから」
「俺の感覚じゃ熱下がった感じしない」
「数日寝込んで身体動かしてないせいもあると思うわよ」
「……というかまだ頭ガンガンする」
「横になってて痛いなら無理に学校行かない方がいいとは思うけど？」
「そーいうわけにもいかねーよ……」

……元々風邪を引き易い性質だとは思ってたが、今年の冬はそれ差っ引いても異常だった。
３学期の始業式前に始まり、今日までの間に何度体温計が枕元に転がってたか知れない。
まだ１月は大した事も無かったが、２月に入って学校休んだ日数考えるだけで気が重い。
勉強に関しては父さんに泣きつくという最終手段もあるが、余り使いたくないし……。

「いちは自分の鞄だけ持って。体操服とかはわたしが校門まで預かる」
「別にいいって。自分のは自分で持ってく」
「そう？　ただでさえ重い鞄に加えて荷物沢山の状態で真っ直ぐ歩けるか見物ね」
「……喧嘩売ってんのか“御姉様”？」
「あら、この光景見てやせ我慢出来るかしら？」

はたの手で開かれた引き戸の先には見紛う事無き雪景色。見事な雪の斜め降り。
……畜生。



「で、結局はーちゃんに荷物持ってかれてたわけなー」
「……それ以上言うな」

……やっぱり目敏く見つかってた。
とはいえ鞄だけですら足下覚束無かったのも事実、同い年とはいえ頭が上がらない。
まあ、そんな光景は小学校に上がる前から奴等に見られてたわけだが。
ひとしきり俺を弄り倒した腐れ縁一同が席に戻った後、怜がくるりと振り向いた。

「いちるくん、風邪もう平気なの？　まだちょっと顔色わるいけど」
「……やっぱり、分かる？」
「うん。くなぎもね、いちるくんと会わない日がつづいてるせいかちょっと元気ないの」
「そっか……でも、今日は逢えるよ」
「ほんとうにだいじょうぶ？」
「大丈夫だって、薬もコートもあるんだし。……そーいや、それは？」

怜の鞄に括りつけられてるマスコット、物凄く見覚えが。

「ん、これ？　ぷちくなぎ、お母さんに作ってもらったの！」

……ああ、やっぱり。
適度なデフォルメ具合がフェルトのもこもこ感と相俟ってかなり可愛い。
しかしこのクラス内でも怜と俺にしか見えてないくなぎの形状をどうやって説明したんだ？

「あのね、まえにいちるくんが描いてくれた絵があったでしょ？　あの絵を見せたのー」

あ、そういえばそんな事があったっけ。

「かわいい絵のお礼にいちるくんの分も作るって言ってたよ」
「……え？」
「ぼくのといちるくんの、ふたりでお揃いのぷちくなぎになるよー」
「……俺の、分？」
「うん！　お母さんぷちくなぎ作るのすごい楽しいんだって」

……御礼、って。
俺が怜に渡せた物なんて、数える程しかないのに。
俺の方が、怜に沢山貰っているのに。

「……ありがとな、怜」


今、決めた。
この３学期の終業式迄に、絶対作ってみせる。
金太郎飴みたいに切っても切ってもくなぎの姿が出てくる、くなぎクッキー。
パーツごとの生地纏めて巻くまでが困難かもしれないけど……絶対に。



――残り１ヶ月あれば、大丈夫だよな。