◆異形の面と共に -The Last Door in the Presence-

――いち兄ちゃん、お元気ですか？

突然手紙とか、びっくりさせたらごめんなさい。
電話とかメールとか、手段は色々あったのだけど。
でも自分はメールと電話が少し苦手なので、手紙で。
今時の子で携帯電話が苦手なのは珍しいって言われるけど。

でも、苦手な物は、苦手だもの。
一番自分にとって好きじゃない思い出は、携帯電話が運んできた。
それは、自分が飯嶋（いいじま）苑夜だった時のこと。


……おじいちゃんが少し前に、昔の話をしてくれました。
飯嶋苑夜から、佐々木苑夜に変わった頃の話を。

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自分を生んだお母さんは、産後の肥立ちが悪く直ぐに亡くなったそうです。
だから本当に、写真でしか見た事がありません。
そしてお父さんは……自分が３歳のころ、亡くなりました。それは、憶えてる。

預けられていた保育園に、携帯からかけたと思しき連絡が入ったのが、最初。
お父さんが、事故で亡くなった、と。
その時はお父さんひとり、自分ひとりだったから、他に家族はいなくて。
お葬式は親せきや近所の人が手筈を取って下さったらしいのですが、憶えてなくて。

何せその時自分は、お葬式の会場からひとり何処かへ行ってしまっていたから。
どうしてそんな事をしたのかは憶えていません。
でもそうして歩いている間に道路にさしかかり、車にひかれそうになって、
だけどかすり傷で済んだのは……その理由は、いち兄ちゃんには要らないか。
自分が無事だったその代わりに、いち兄ちゃんが頭に軽い怪我をして。
雨が降る中で、手を引かれて連れられた宗家で、ネイおばあちゃんと出会って。
おばあちゃんと宗主様に、帰りたくなるまでここに居ていいよって言われて。
手をつないで、おばあちゃんといち兄ちゃんと、時に陽主様とも一緒に、沢山出かけて。

お父さんはもう居ない、だから帰る場所が無くなってしまった。
そんな風に、当時３歳だった自分にも分かってしまってたのかな。
悲しいのだか、どうだか、そんな事も分からなくなってしまっていたのかな。
笑わないし泣かない自分の手をずっと引いてくれたのは、いち兄ちゃんだった。
そんないち兄ちゃんも、余り笑った顔を見た事が無かった気がするけど。

『強くなるのが正しいとは思わない。痛みが分かるままでいたい。
そうじゃないと、後ろを付いてくる君の痛みすら分からなくなりそうだから』

そんな事を言ってたその頃には既に、いち兄ちゃんはもう月主様でもあったんだね。
しばらくして、自分に会いに来た人たちがいた。
今の自分の両親。お父さんを可愛がっていた佐々木のおじいちゃんの、息子夫妻。
娘さんを病気で亡くして、とても気落ちしていた所に、自分の事を聞いたって。
もし、もしもわたし達で良ければあなたの両親になりたいって。一緒に暮らしたいって。
……その時初めて泣いた気がする。帰る場所が出来たから、なのかな。
佐々木のおじいちゃんが本当のおじいちゃんになって、両親が出来て、智瀬が生まれて。
今はとても、とても幸せです。
天国にいるお父さんもお母さんも心配しなくていい位、幸せです。
おじいちゃんの仕事の手伝いしてる事で時々はらはらさせたりしてるかもしれないけれど。



……ここからは、見たくないと思ったら見ない方が良いです。月主様。

まず、お父さんの亡くなった理由は、事故。
職場だった学校から帰る途中に自動車事故に巻き込まれたから、だそうです。
……だけど、助かる可能性もその時はまだあったって。
一部始終を偶然見ていた、とある人が、でも見ていただけで何もしなかったから……と。
そしてそれだけではなく、自分が車にひかれそうになった原因にも関わっていたと。
……ううん、それだけでもなくて。自分だけに関わる話じゃなくて。

ねえ、いち兄ちゃん。
自分がどうして、首座連であると一緒に『納曾利なのか』、いち兄ちゃんはもう知ってる？
おじいちゃんの仕事の手伝い、って書いたけど、『それは何の仕事なのか』って事も。
だけど兄ちゃんの事だからきっともう全部知ってそうだし答えは書かないけど。

おじいちゃんが、宗主様にちゃんと許しをもらった上で、“手引きをする”って言ってた。
今月の最後の日、いち兄ちゃんは大事な用事があるから新潟にいるんだよね？
その前の日にはもう、宗家に戻っているんだよね？
だからその時に、“手引きをする”って。
自分は全部知ってるわけじゃないし、おじいちゃんからそう言われただけを書いてるから、
実際どうなるのかは当日おじいちゃんといち兄ちゃんの間でしか分からないと思う。



書いてみたら、沢山になっちゃった。
もし電話だったらもう少し簡単になったかな。
でも、声に乗せて伝えていいのか分からない事も混じってるから、これでいいのかも。

そうだ。自分はあと２年、中学卒業まではここに居ます。
だから高校から鎌倉に。
迎家でいち兄ちゃんが「あと２ヶ月半だけでも新潟にいれば良かった」って言ったけど、
それを聞いて学年の途中で急いで編入する事が良い事だけとは限らないと思って。
「え、俺即移って良かったと編入当日確信したけど」って言った尭矧の人とは対照的だね。

いち兄ちゃん、大変な事も多いかもしれないけど、無茶しないでね。
自分もゆっくりでも、頑張るから。