◆真夏夜に舞えGhost Dance!! -3-

――2009.07.31　　　KAMAKURA

「……伝統ある私立も色々大変だ」

文字の連なる紙から目を離し、大図書館の中で夏服姿の少年は小さく溜め息を吐いた。
……こっちはこっちで革新的な私立学府在籍中だが。


神奈川県鎌倉市。
一般人からすれば相当独創的な制服と地域内に多数のキャンパスを抱えている事、
そして無茶苦茶な位多国籍の学生を擁する小中高一貫教育の私立学府がある。
――銀誓館学園。
表向きは色々革新的な学府だが、設立の真意は一般人が決して知る事の無いもの。

世界結界の歪みより齎される神秘の存在、詠唱銀。
それが生み出すゴーストに対抗する者――能力者を護り育成する為の砦。
学府の名を持つ日本最大の能力者組織……それが銀誓館学園。


少年の着る夏服のシャツが前開きジップアップ型という珍しい構造である事より、
どうやら銀誓館学園中学部に籍を置く者のようだった。
彼の前の机に散っているのは教科書と資料集、課題と思われる問題集。
どれもこれも、歴史分野。
……但し、碌に進んでいる形跡が無い。
それもその筈、彼の意識は右手に持つ数枚の紙にしか向いていなかったから。
暫し目を伏せて無意識に首元のチョーカーに触れる。
革ベルトの中央にスクエアカットの青い半貴石という些か派手な造りだったが、
はっきり言って大図書館には彼以上の装いはゴロゴロいた。制服自体彼一人だけ。

「……結局学校に詰めっ放しじゃ夏休み無いも同然じゃないかな、向こう」

紙に連なる文字――外部出力した彼宛のメール、しかも２通――を再び眺め呟く。
少年の名前は掛葉木いちる。下越の学院にいるあの少女の双子の弟だった。


結局夏休みの宿題進行は諦めたか教科書等々を纏めて横に積み上げ、
机上に確保されたスペースへ印刷したメールと１枚引っ張り出したルーズリーフを置く。
文面から重要と思われる記述を抜き出し、ルーズリーフへと転記し始めた。

……メールの内容が幾らか青春お悩み相談室向けでも良かったような物ではあったが。

「一真は気にし出すと本当に大丈夫になるまで悩みっ放しだからな。……兎も角」

黒い瞳が鋭さを帯びる。
青春お悩み相談室に出せなかった理由が、理由であるが為に。

「除霊建築学も万能じゃない。一つの建物にゴースト忌避空間は一つしか作れない。
それに余程の理由があれば忌避空間だろうが突っ込んでくる場合もある。
踏み込んで来たから大丈夫とは言い切れないんだよね……それだけ執着してる訳だし。
ケットシーに限らず使役ゴーストにゴースト感知能力は無いから掴み様も無い。
感知出来る死人嗅ぎだって結構曖昧だし、鋏角衆のは高性能だけど蜘蛛族限定。
ついでにもしその子がリビングデッドだったらまず学校来ないと思うんだよね。
日光嫌がる素振りしそうだし何よりこの季節じゃ腐敗の進行早いし。
……何か脅すような要素ばっかりになってきた」

重箱の隅突っつくようなダメ出しとて、メールの主を案じればこそ。

「万が一リビングデッドでも獲物にするなら学院の人間は最後になりそうな気がする。
周囲で何人も消えれば必ず疑いの目は向くだろうしさ。共通点で。
だから可能性考えるとリリスの方が怪しいんだよね……９年てのがネックだけど」

身体の成長するリリスっているんだろうか、と首を傾げて。

「犠牲者そっくりになるリリスとかだったら本気で困る……聞いた事無いが。
リリスだと能力者の素質最優先で狙ってくる分一真なのも頷ける話。
才色兼備の大和撫子って事は美少女だろうし……ん、一寸対処法見えてきた」

ルーズリーフ全面を使ったフローチャートもどきの殴り書きの上に青ペンを走らせる。

「一真自身で確認する事が幾つか、かな。
先ず香水系統で何か強い物使ってないかどうか、付近に寄って分かるレベルか否か。
これが当て嵌まるようならリビングデッドの疑惑一寸あり、と。
可能ならそこでその子の脈取っちゃえ……は多分無理だな。多分。
次は一真も言ってるけど教室に入って来れるか試す。嫌がるようなら一寸疑惑あり。
但し執着次第じゃ殆ど意味を成さないから過信は禁物。
後はマウに意外な行動取らせてみる。使役ゴーストの存在逆手に取って。
誰もいない所で何かさせてみて、向こうがしきりにそっち側気にしたら多少疑惑あり。
……ただこの手段さ、新しい可能性まで炙り出しちゃうんだよ」

……一般人に見えないケットシーが見えるのはゴーストだけじゃない、わけで。

「その３つ目の可能性に賭けたいところなんだけど、僕としては」