樅の木と黄金の星と、柊の輪と白い雪。

……時が過ぎるのが、本当に、早い。
ほんの少し前まで、余りにも暑かった夏だった筈なのに。

後期中間テスト、戻ってきた結果に一寸驚いた。
少しづつ、本当に少しづつだけど、成績良くなってきてる。
真面目には勉強してたけど、今までに一番身が入らなかった期間でもあったから。
今治での事とか、その後のリリス殲滅戦とか、色々ぐるぐる考える事も多かったから。


……あ、そうだ。
何処かのお店で使われてたみたいな揺り椅子と黒板、手に入ったんだ。
大事に大事に使われて手入れされてたんだろう、綺麗な飴色の古い揺り椅子。
燻し銀色の柊の葉の金物細工が縁を飾る、小さな黒板。

だから、クラブ棟の一番端の一室を借りて、やりたかった事を始めた。
春になったら……綺麗な桜の景色が見える場所へ、行ってみようかなと思う。



――流れ込んでくるクリスマスソングに、静かに耳を傾けつつ。

響く虫声と、満ちる白道の主。

雨が戻ってきたと思ったらゲリラ雷雨、秋の長雨とは程遠く。

自転車にレインコート積むか否か、諦めて大人しく傘持って通学か悩む毎日。
本当に、二学期早々余りカラッとしない天気が続いてる。
でも、夕方になると何処からともなく虫の声があちこちから響いてくる。

……９月だけど秋だなぁ、もう。

今日目が覚めたら思いのほか涼しくて吃驚した。冷房止め忘れたかと思った位。

精霊馬が辿る、道標の煙。

足の速い馬は、なるたけ早く此方へ戻ってこれるように。

足は遅くとも力持ちの牛は、なるたけ沢山の供物と共に彼方へ帰れるように。

……売り出された藁と布との動物を見て、そんな謂れを思い出す。


今頃故郷の玄関先でも、祖先への標が、ゆらり靡いているのかもしれない。

……追い風を背に、坂を駆け下り。

街を包む真夜中の闇。


ぽつりぽつりぽつり、灯る街灯。

遠くで瞬く、色とりどりのネオン。

矢のように飛び去っていく、車のライト。



全てが一瞬で、視界から消え去っていく。

痛む程に鋭く凍えるような、それでも暦の上では余寒の、更夜の空気。

ぐんぐん上がる速度とは対照的に、どんどん静かになっていく鼓動。




悴む手に、まだ微かに残っていた感覚でハンドルを再度握り締めて。

ただひたすらに、真夜中の風に乗って。

箱とリボンと包装紙。

……クリスマスも確かにそうだけれど。
何よりこの季節はどの店も棚の上が派手になる。

どれも綺麗な、空の箱とリボンと包装紙。
幾らかの手順で見栄えのする物が出来る、材料が詰まった箱。
茶や白系統が全てを埋めるかのように写真が偏って見える、抜粋レシピ。
そして、完成品が封じ込められリボンが結ばれた箱や袋。


――さてと、今年はどうしよう。
――向こうに居た頃はクラスの皆で食べられるようなの持ってったけど。

そんな事を本屋の前で考え込んでいたら、携帯のライトが光った。
エメラルドグリーンに近い緑色の着信ライト。
……最近設定したその色は、しかし着実にお目見え回数が増えている。


『赤レンガ倉庫前のスケートリンク、一緒に行かねぇ？　コーチ兼任だとありがたいなー』


……本当に元気だね、本当に変わってないや。
いや、もう猫被りしなくてもいい環境に来たせいか、知ってる以上に元気に見える。
銀誓館の制服着てる“彼”を見た時は本気で驚いたけど……

知らず小さく息を吐き、返すメールは北風に乗って。





『盛大に転んで生傷増やしても、責任取らないからね？』

天気予報に雪だるま。

ここ数日、鎌倉も寒い日が続くようになった。
ひんやりとした風が吹き抜けては街路樹を揺らしていく。

……聞いてはいたけど、故郷の冬の景色とは大分違う。
空は青いし、空気は乾いてるし。
慣れないうちは喉を痛めるかもって助言は当たりそうな気がする。

向こうの冬はまず青空の日が少ない。
どよんとした曇天、止んでは降る白い雪。
天気予報で故郷の地域は、もう雪だるまが顔を見せている。

…………歳暮れ正月、帰ろうか残ろうかどうしよう。
クリスマスまでは伯父さん達の手伝いするって決めたから、それ以降。

翔誓刃の頭の中。

机の上の本棚、レシピ集に偽装された日記帳があった。

良く見ると頁が一部袋綴じになっている。

但し袋綴じが不完全らしく、静かに開けば再び糊で綴じるのも簡単そうではある。