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@ PBW(Play By Web) "SilverRain" & "PSYCHIC HEARTS"
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馬鹿(?)側から見事に遅れて“彼女”側の追加篇。
彼女の存在が一番のアンオフィなのは否めない事承知の上。

・時間軸7年分一気に走るので凶悪に冗長になる気配がひしひしと
・馬鹿篇とは対照的に本編読了済みでないと多分何言ってるかさっぱり
・勿論視点は“彼女”のもの




--------
私の名は、真史という。
黒い髪と黒い瞳、そして銀色の五匹の蛇。
此の身に快楽を満たす為に、人を魅入らせ食らうモノ。

私は、リリス。銀の雨から生まれたモノ。


他の個体と比べ、私は些か奇妙なリリスなのかもしれない。
幼くか弱き者を守る事が私に快楽を与えてくれる。
彼等が美味しいかどうかは関係無く、守り抜く事が一番の快楽。
でも、それはずっとじゃない。
とある期間の一区切りだけ私の命を懸けて守る。快楽と共に。
過ぎてしまえば、守り抜いた美味しい幼子とて私の糧となる。至上の快楽。
守る間に幼子等を己のエゴで傷つけようとする大人達を屠るのも、また快楽。
そんな私を『狂気の太母』と名付けたのは、誰だったろう。
……ああ、そんな些細な事はどうでもよかった。

小学校の臨時講師は、私の快楽を存分に満たし続けられる“立場”だった。
期間を区切っての契約だから、長々と続けなくてもいい。
契約の終わりが来たら至上の快楽で私を満たし、新しい場所へ。
移り住みながら幼子を守り、時には穢れた大人達を屠って満たされて。
そうして、生きてきた。
これからもそうしてずっと、快楽と共に生きるのだと思ってた。



「市川先生が入院されている間、臨時の担任となった講師の櫻井真史です」

……あれは7年前。新しい年の始まりを迎えた頃。
北の雪国、柳の都と呼ばれた街の小学校が私の新しい仕事場だった。
事故で入院したという担任の代理として勤める事になった1年生のクラス。
可愛い盛りの子供達の中に混じる、美味しそうな気配。
ひとりは、少し間延びした喋り方が本当に本当に可愛らしい薄茶の髪の少年。
もうひとりは、後ろの方の席に座って我関せずを決め込んでいる黒い瞳の少年。
此処を離れる時は、きっとどちらかと旅立つのだろうと思った。
勿論、少年にとっては死の片道切符だけれど。

「せんせー、またあしたー」

高く柔らかい声で手を振って教室を出て行った成瀬怜君と。
終業のチャイムとほぼ同時に教室から消えてしまっていた掛葉木いちる君と。
何処か正反対のようで、何処か似ているような、そんなふたり。


成瀬怜君には常人に見えない鎖が付いて回っている。
その先には私と同じ銀の雨が生み出したモノ。常人には見えないモノ。
私はリリスであの存在は地縛霊、という種別としての違いはあるが、
それ以上に決定的なのはあの存在が人間と共存出来るという、その一点。
地縛霊にもかかわらず、あの鳥ともつかぬモノはちんまりと校門の前で座っている。
人間を襲う事無く、鎖の先の『ともだち』の下校を待ち続けているのだ。

掛葉木いちる君は一見、変わった所は見受けられない。
変わっている所を挙げるとすれば、必要最低限でしか他人と関わらない点だろうか。
頼られればそれ相応の行動を返すし、決して無口というわけでもない。
家族関係も至って良好、隣のクラスの双子の姉も大人びた冷静さを持っているらしい。
だが暖かい教室の中でも彼だけが真冬の清水のようで、何処か漂う違和感。
後は風邪を引き易い体質だろうか。秋の終わりから彼の欄に欠席の文字が目立った。

さて、その日が来たらどちらと旅に出ようか……


とある日、給食の時間。
本来の糧とは別にして講師生活の間に結構好きになったシチューに密かに心躍らせ、
幸せな時間を満喫していた所に近づく人影。

「櫻井先生、これ」

ぽすり、と小さな紙袋が置かれた。軽く閉じた袋の口から零れる甘い芳香。
驚いて視線を上げた先に、真っ直ぐ私を見つめる黒い瞳。

「沢山作り過ぎたから、先生にも」
「あーっ、一寸待ていち俺等の分は!? 昨日くれるって言ったじゃんか!」
「割り込むな喧しい、そっちにあるから全員で分けろ全員で」
「へ、全員って?」
「クラス全員の他に何が。いの一番で叫んだ分は動け、一真」
「げー……」
「嫌なら食うな。その分篤輝(あつき)や結ちゃん千奈ちゃんの分になるだけだし」
「ほー、一真いらないんか? んじゃ僕は手伝うからお前のもーらったー?」
「ギャー!? それはヤダ篤輝だけには絶対渡さねぇ!!?」

……凄い。扱いが上手い。
結局市川一真君と佐野篤輝君とでわいのわいのと配布して回ってる。
そんな様子を見ながら袋の口を開くと、五百円玉大のクッキーが入っていた。
プレーンの生地に混ぜ込まれたチョコチップと紅茶との2種類。
貴方が作ったの、と尋ねると首を小さく縦に振った。

「昨日あいつ等と約束して、だったらクラスの分もと思ったら作り過ぎた」
「そうなんだ……先生まで貰っちゃってありがとうね、掛葉木君」
「いいえ、他に俺に出来る事は殆ど無いから」
「そんな事無いよ、お菓子作りだけはどうしても上手くいかないから羨ましいな」

……本当に、料理は大丈夫なのに製菓だけは。
上手ければ糧を得る為の手管になり得るのにと思うと、少し悔しい。
席に戻った彼に、隣席の朴千奈都(ちなつ)ちゃんが小さな箱を差し出している。
いちちゃん昨日の約束だよ、クッキーありがとう、と笑む彼女に彼も淡く笑った。


2月に入り、風邪やインフルエンザで欠席する児童がぽつぽつ増えてきた。
その中でも連続欠席で目立つのは、やはり掛葉木君だった。
身体が際立って弱いわけではないのだが、一度臥せると高熱が続くらしい。
そして、心配の種は他にもあった。
隣接する幾つかの学区で相当頭が茹だっている変質者が出没していたのだ。
児童に不意に触ったり教育上宜しくない自身のものを露出させて近寄って来たり、
果ては自動車で近づいて誘拐紛いの行為に出たりと枚挙に暇がない。

……ええ、そんな大人は勿論絶対に屠らなきゃ。私の子供達を守る為にも。
そして、機会は巡ってきた。運命が私に味方したのだ。

2月の末、しとしと雨の続く日。
昨日から風邪で再び学校を休んだ掛葉木君の事がやはり気にかかり、
書類や配布物を届けがてら少し様子を見に行こうかと思い立った。
番地と略図をメモした紙片手の私の視線の先に……飛び込んで来た光景。

泣きながら抵抗する子供を無理矢理車に引き摺り込もうとしている、矮小な男の姿。
しかも子供の方には見覚えがあった。
――渡良瀬結ちゃん。担任の私が守るべき子供の一人ではないか!

「何をしているの!? その子を離しなさい!」
「……あぁ? 何、オバサン?」
「その子を離しなさいって言ってるのよ! 嫌がってるでしょ!!?」

怒鳴りつつ男から少女をもぎ取り抱き締める。……大丈夫、目立った怪我は無い。

「せんせ、せんせえ……あのオジさん、いきなり、いきなりあたしの事引っ張って」
「大丈夫よ結ちゃん、もう大丈夫。だから先生に任せてお家に戻れるわね?」

……そう、ちゃんと先生がこの人に血を見るような“お仕置き”するからね。
一直線に駆け去っていく彼女の姿が消えた後、私は男に向き直る。

「……ねー、何でジャマすんのオバサン? あの子と遊びたかったのにさー」
「大の男が嫌がる女の子攫おうとしてたら誰だって止めるわ。当然じゃないの」
「はぁ? でもこっちはオバサンなんかにキョーミ無いしー」
「興味無くて結構よ、同世代じゃ相手にされないからって子供に毒牙とか最低だわ」

軽蔑の表情を浮かべせせら笑う。劣情を誘い、罠に嵌める為に。
頭に血が昇って殺意でも向けてくれればこっちのものだ。

「……聞いてりゃ調子に乗ってくれちゃって酷くない? 刺されたい??」
「刺せるものなら刺してみなさい。言うだけなら誰にだって出来るのよ、オ・ジ・サン?」
「このアマ……っ!!」

途端にどす黒さの増した汚らわしい表情で男が私の腕を掴み、助手席に半ば投げ込んだ。
ポケットにでも隠していたのか、左手のバタフライナイフを私の首筋に突き立てようとし……

……だが、その腕は銀色にぬめる縄に絡め捕られた。
正確には縄ではなく、私の身体の一部とも言える銀色の蛇に。
男の腕に二匹、私の胸を這う一匹、そして男の首に巻き付いた二匹。
身を起こし艶やかに笑んでみせると同時に腕と首の蛇達が一斉に締め上げた。

わずか数秒でバキリ、とあらぬ方向へ曲がった腕。
激痛が走った筈の男の口は、しかし腕の蛇の片方が瞬時に絡み塞いだ。
恐怖と苦痛とが混じり始めた驚愕の表情が、私にこの上無い快感を与えてくれる。
何より、窒息の苦しみから解放されたいと無様にもがく様が。

「さあ、おいでなさい。 ……私に極上の快楽を頂戴」

私を刺し殺す為だった筈のナイフを拾い上げ、男の瞳を覗き込んだ。
すぐに瞳は光を失い、鈍く濁り宙を彷徨い始める。
傀儡を操るかのように蛇達が魅了に囚われた男を運転席に運び座らせ、
無造作に腹部へ突き立てたナイフを引き抜くと同時に、最後の蛇が傷へ潜り込む。

ああ、何という快感!
己のエゴを通すが為だけに結ちゃんを攫い汚そうとしたこの男の血を啜るのは!


「……ふふ、美味しい快楽をありがとう。お礼に残り数分だけ命をあげる」

……それは一寸した気紛れだった。
普通なら屠り尽くすのだけれど、あの時は極上の快楽に酔っていた。
だから蛇の束縛を解き放った。
刹那、息も絶え絶えの男は魅了から醒めたか激しい恐怖に顔を引き攣らせ、
車を急発進させたものだから慌てて助手席から転がり落ちた。
散った血は然程目立たないが、雨と水溜まりで服も書類もぐしゃぐしゃになってしまった。
……一度自分の家に戻らなければ。


服を着替え急いで学校へ戻ろうとした道すがら、雨音すら貫いて響くサイレン。
赤い回転灯の光を引き連れ眼前を過ぎ去って行く救急車。
人だかりが生まれている交差点で止まったそれから飛び出してくる救急隊員。
一拍遅れてパトカーも続々と到着する。雨の中警官が交通誘導を始めた。
……事故、だろうか。
交差点を突っ切るのが学校への最短経路になる為、近づくにつれ耳に飛び込んでくる声。
救急車に運び込まれる者、その場で応急処置を受ける者、警官に何事か捲し立てる者。
直ぐに救護者を乗せた救急車の一台がサイレンと共にあっという間に夕闇に消えていく。
喧噪の全てを聞き流し群衆の隙間を通り抜け学校へ戻ろうとした、その時だった。

……それは横断歩道の傍、水溜まりに膝をついた形のレインコートの人影。
最初に“美味しい者”と分かり、そして身体つきから子供と推測出来た。
だが、外れたフードに隠れていた顔立ちを認めた途端、頭の中が驚愕一色に染まった。

「……掛葉木君!? 今日風邪で学校休んでたのに、どうして此処に!?」

真っ白の顔、青ざめた唇、濡れて額に張り付いた前髪。
私の声すら聞こえていない様子の彼は、肩に触れた手の感触でか漸く視線を合わせた。
……光を全て吸い込むかのような漆黒の虚空を宿した瞳で。

「……さくらい、せんせ……」
「お母さんかお父さんは一緒じゃないの?靴も服もびしょ濡れに……どう、したの?」

私ではない何かを捉えたままの色亡き黒の瞳。
彼が指差す先に視線を向けると、赤の混じる水溜まりに転がる小さな何かが見える。
何処かで見覚えがある気がしたそれを示した彼は、たった一言呟いた。

「……轢かれたの……怜だ」
「怜……ってまさか成、……掛葉木君? どうしたの掛葉木君!?」

水溜まりの中に崩れ落ちそうになるのを抱き留めた時にはもう、彼の意識は無かった。


大破していた事故車は、あの男の車。
即死だった。

信号無視で突っ込んで来た車に轢かれた子供は搬送先で死亡が確認された。
……見紛う事無く、成瀬君だった。

落ちていたマスコットは成瀬君の鞄に付いていた物と同じだった。
成瀬君と繋がっていたあの地縛霊。
……彼の病身の母親が掛葉木君の為と作り、彼が預かった物だった。



私が殺したも同然だった。

あの時あの男を解放せず殺していれば。

……殺してしまってさえいれば!!



一週間の、後。
あの日から休み続けていた掛葉木君が登校してきた。
登下校には双子の姉が付き添い、教室では特に市川君がくっついて離れようとしない。
その理由は、すぐに分かった。

……変わってしまっていた。
中身が入れ替わったかと本気で疑わせる程に。
年相応の笑顔を見せ、昼休みには校庭へ駆け出し、時折冗談すら口にして。
あたかも真冬の清水が、真夏の太陽へとすり替わったかのような。
良い傾向だ、友人の死を引き摺ってはいないようだと他のクラスの担任達は言う。
私はその度に吐き出してしまいそうになる想いを必死に呑み込んだ。
違う、それは真逆だ、と。
親友の喪失が余りにも大き過ぎて、ああなるしか日常に戻る術が無かったんだ、と。

……守るべき筈の子供を、私は“ふたりも”殺してしまったんだ。


「櫻井先生?」

講師としての仕事が終わり学校を辞した日、誰かに呼び止められた。

「……す、すみませんぼんやりしてて。こんにちは、掛葉木先生」
「確か今日で上がりだと聞いてて。三学期の間御疲れ様でした、大変でしたでしょう」
「いいえ、私にとっては天職も同じですから」

今気付いたが、先生から流れ出す気配は掛葉木君と同じ。……美味しい気配。

「羨ましい……こっちは完全に舐められてて児童と同じ足場で喧嘩する毎日でした」
「でも真っ向から来てくれるのなら良い事だと思いますよ? 信頼されているんですよ」
「だといいんですが。俺この仕事しか向いて無い筈なのに進歩無えと思うことばかり」
「先生は御歳の割に凄く若い印象がありますからきっと大人気です」
「どーなんでしょう……初任の時の子達とタメ口のかまし合いしてるのは事実ですが」

そんな話に花が咲く間に表通りへの道を通り過ぎてしまったようだ。
私にとっても……都合は良かったが。

「とと、裏通りに入っちまったか。気付いて良かった、これ以上進むと駅から離れる……」
「大丈夫ですよ、それ程急いでいませんし」
「いやいや、この辺地元しか知らん裏道多いからちゃんと送りますよ。迷わないように」

三十の齢を重ねたようには到底見えない顔立ちに悪戯っぽさ混じる先生の笑顔。
精神の若さ。溢れる体力。……きっと美味だ。子供とは違った快楽の果実。

「……黄泉比良坂の向こう側までな」

深紅の火球が肩を掠めたのは、その言葉が聞こえるか否かの、刹那。
いつの間にか先生の手には濡羽色の手袋、緋色連なる呪符。

「ち、外したか。平和ボケの弊害をひしひしと感じるぜ畜生……なあ蛇姫さんよ」

ほんの数分前まで笑んでいた先生が、今や私を殺意に満ちた瞳で睨む。
本能が擬態を解いたか耳元で聞こえる蛇の吐息を聞きながら、小さく息を吐いた。

「……残念ね。逃げるしかなさそうだわ」
「誰が逃がすって? 禍根の種ばら撒かれるのは勘弁仕るわ」
「私だって死にたくないもの、真っ向勝負に不向きなら後は逃げるだけよ」

そう言い放つと同時に銀の蛇が彼に襲い掛かる。その数、三匹。

「させるかっ!」

彼の周囲を舞う呪符の一つが西洋式の術陣に変化し、雷球となって蛇を迎え撃つ。
その隙を狙い、長く鋭く形を変えた爪で無防備の彼の左腕を刺し貫いた。

「……チィッ!」

ぐらり、傾いだのを見逃さず踵を返して距離を離す……上手く撒けたようだ。
……そのまま私は柳の都を去った。



だけれど、変わり果てたのは私も同じだった。
講師としての表の務めは何処でも果たしたが……子供を、殺せなくなった。
何処にでもいたエゴに塗れた大人達を屠る事で当座の飢えを凌いだが、至上には程遠く。
守るべき筈の子供を喪ったショックは、私が思う以上に私の心を蝕んでいたのだ。
だから、だろうか。
あの事故の日、成瀬君の祥月命日の度に、危険を冒して雨降る柳の都を訪れたのは。
犯行現場に舞い戻る犯人の末路など碌な物じゃないと分かっていたのに。
……分かっていたのに。

雨に濡れる墓石は磨かれ、花が手向けられ、線香の煙は雨に溶けて消えていく。
もうこの墓を詣でる身内がいなくなってしまったにもかかわらず、毎年。
病身の母親もあの事故の後を追うように儚くなり、同じ墓の中で共に眠っている。
他の家族は郷里へと戻って早々、交通事故で皆ふたりを追う形となった。
では誰もいない家族の代わりに毎年誰が来ているのか……しかし私は知っていた。
花と共に供えられた、雨に濡れて崩れかけた『それ』が教えてくれた。
……『それ』を作り得る存在は、たった一人しか心当たりがなかったから。
変わり果てたもう一人を想い……涙を降り止まぬ雨に紛れ込ませて、泣いた。


快楽を欲する身体と、蝕まれ快楽を拒絶する心。
そこに生じ始めたズレが、私に生命の危険を告げ始める。
去年の秋に今治を掌握した“揺籠の君”の呼び声すら拒絶するとは思わなかったが、
快楽への激しい餓えは確実に私の理性を奪い去っていく。
……限界だと、思った。
もう、今年を越えては生きられない。……いや、生きるだろうが、この心は必ず朽ちる。
そう悟った私は、最後の訪問を決めた。

祥月命日。2月28日。初めての晴れ間。
早朝に墓を訪れ、あの子の為す通りに墓石を磨き花と線香を供えた。
顔見知りとなった住職と幾許か話をして、一度寺を出た。
昼前にもう一度訪れた時、奇妙な気配が周囲に漂うのを感じた。
……翼を持つ地縛霊が生んだ特殊空間と気付いたのは少し後の事。
人間を裂かせろ、と奴は言った。
好きにすればいい、と私は返した。
いっそ此処で朽ちてしまえば……差し当たり私の知った事では無くなるから。

……無くなる筈、だったのに。


それはきっと私への罰。
7年前此処を離れたあの日、火球を撃った掛葉木先生と寸分変わらぬ気配。
幼さの残る顔立ちに儚さと凄烈さを共に封じ込めた漆黒の瞳。
宿すは真冬の清水と……しかし真夏の太陽ではなく、初夏の早朝。

出来る事はひとつだけだった。
この心朽ちる前に、あの子に斃される事。
小さ過ぎて償いにもなりやしない、だけどもうこれしかなかった。
そう心は望んでも、身体は至上の快楽を得ようと狂い踊る。
理性を汚し、その欲望と本能により躊躇う事無く彼を追い詰めていく。
目の前で刀を構える教え子を……喰らうが為に。
現に彼の左足は、動かす事すら困難と察せられる程に血に塗れていた。


「両手両足動くままだと碌な事しないわね……その足完全に駄目にした方が良さそうかしら」
「はは、言うならやってみろよ。さっきから散々返り討たれて傷増やしてるだけじゃねえか」
「口だけはどんどん達者になる辺り流石じゃないの、でも劣勢の裏返しね」
「そりゃどうだろ……俺は多勢に無勢とか背水の陣とか逆に燃える性質だから褒め言葉だ」


『その言葉を違えないで。どうか躊躇わず私を殺して』


……銀の雨から生まれた快楽なるモノの祈りは、誰に聞き届けられたのだろうか。





「……ごめんなさい、半人前だなんて、7年前と何も変わってないって、言って」
「う……そ、その辺は自覚あるから大丈夫、です……ホントに」
「本当、に?」
「図星刺されて平静保てないとか精進足りてないし、ある意味未だ一人ぼっちだし」
「いいえ、一人は、嘘、ね。それだけは、断言してあげる。
……ありがとう、掛葉木、君。向こう、で、ちゃんと、成瀬君達、に、謝ら、なきゃ、ね……」

触れられた手の暖かさを、導として。
銀の光の中に、意識がゆらりと溶け込んでいく――



『せんせー、櫻井先生ー、こっちこっちー』

『え? 先生もくなが見えるの? うわーすごいすごいー!!』

『ほらほら見てみて、ここの虹の橋に登ると皆の事が見えるんだよー』

『……あれ? いちるくん戻って来たや。一緒なのはかずまくんかな?』

『ええっ、かずまくん長靴はいた猫さん連れてる!? くなそっくりな子もいるよ!?』




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展開リンクは“汝自身を知れ”の偉い人もといソクラテス関連で御馴染みの句。
ラテン語で『死を想え』。
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