◆真夏夜に舞えGhost Dance!! -15-

――2009.08.17　　　NIIGATA

――ガシャン、ゴトッ。

――カツン、カツン、カツン……


「……あーもう畜生どーしろって言うんだよ……っ」

焦りと不安、薄暗い視界が頭の中で恐怖という名の早鐘を打ち鳴らし続ける。
鞄の中の風水盤を握り締める手に冷たい汗が浮かぶ。

今直ぐにマウと共に奇襲すれば、突破は充分可能かもしれない。
けれど、一真には今まさにそう出来ない理由があった。

……棚の後ろに隠れる影は、一真と常人に見えぬマウと、もう一つ。



「……騒がしいわね」

この時期付属中は何処だって騒がしいのだけれどと思いつつ、
４組専属ヘアメイク担当のクラスメイトに髪を弄られながらはたるは呟いた。

「ん、でもこの喧騒は嫌いじゃないな」
「あら、ケイ君もそう思った？」
「何となくね。喧嘩ってわけでもないしパトカーの類でもないし」
「……そろそろ救急車呼ばれそうな状況になってるクラスもありそうだけど」
「そこはうちのシェフが支えに行ったから持ち直してるって」
「流石は有名シェフの娘さんって所かしら。……あの人いちの事知ってたのよね」
「ん、どうしました？」
「いいえ独り言よ、気にしないで」
「それにしても本当に色々集まったクラスだよね、だけどとても心地良い」

私が受け入れられる場所なんてそうそう無いからここで良かった、とケイは言う。

「……そうね。そう組まれたクラスって噂も強ち間違いじゃないかもしれないわね」

付属中から内部進学するか否かに否の素振りをした者のクラスと言う噂もあるらしいが、
確かにこの学院と言う世界が夢を叶える為には狭過ぎるだろう面々が揃う場。

（「……いちのいる鎌倉の銀誓館も、こんな感じなのかしら」）

既に夢と異能とを両方携えて関東にいる双弟を想い、小さく溜め息を吐いたその瞬間。


――ドガーン……！！


「……何、今の」
「うわ、高校の校舎にトラック突っ込んでる！！？　見てみなよ掛葉木！！」

窓枠に駆け寄ったケイの言葉に、隣から敷地を見下ろしたはたるの目が見開かれる。

……今、確かにケイは高校校舎に突っ込んだ物がトラックと言った。
多分あの周囲で大騒ぎになっている教員や生徒も、殆どそう見えているのだろう。

だが。
今はたるの目に映るのは、剣を身に纏った狼の群れ。
即座に身を翻し階段を駆け下り、背の高い植栽の陰に滑り込む。
直後植栽から飛び出したのは……猫。
藍色の瞳に虎縞の小さな白虎と見紛う猫姿のはたるは人波の下を駆け抜けた。
人に仇為すゴーストの群れる高校校舎へと。



「……大丈夫？　平気？」

３つ目の影に問いかける。最初の瓦礫からは庇ったから怪我は無い筈。

「……はい、大丈夫です。だけど市川さんが……」
「こんな怪我直ぐに治るって。跡が残っても顔の怪我は勲章になるぜ？」

額のちりちりする痛みを無かった事のように笑ってみせる。
能力者の回復能力があれば傷なんか残らないだろうしとは言えないけど。
遠くからトラックが突っ込んだだの何だの聞こえるが、そんな形跡は何処にも無い。
……一般人にはトラックに見えていると言う事か。
とてもとても羨ましい事に。

「……トラック、なぁ」

一真の目には剣狼の群れと、それを従えた蛇付き女にしか見えないわけだが。
しかもこの蛇女――確かリリスとか言うらしい――はゴーストとして一番厄介と聞く。

（「……『見えてなかろうと感知するわ。彼女達から完全に逃げるのは難しい』だしな」）

と言う事は、あの女には一真の存在が知れている事になる。
所在は分からずとも、存在が。

「トラック……って、何ですか？」
「いやこの現状の原因。トラック突っ込んだんだとさ」

只今ゴースト大量わらわら中の向こう側をそっと指で示す。
……そう、一般人の目から見たら『トラックが突っ込んでこの惨事』なのだ。

「……何処に？」
「……いや、ココにな？」
「……トラックなんて、無いじゃないですか。何かが蠢いているだけで」


マジかよ。

嘘だと言えよ神様。

……七宮寺の目には、俺と同じ、世界結界の先が見えてるのか！？