◆真夏夜に舞えGhost Dance!! -22-

――2009.08.28　　　NIIGATA

夜の静寂の中、講堂の窓から煌々と光が溢れ出ている。
音までは流石に聞こえないが、あの中で沢山の人々が楽しんでいるだろう事は分かった。
……一歩間違えば惨劇の舞台になっていた事実など知るべくも無く。


「……ま、何も知らん連中は知らんままでええんやよ」

裂け綻びようとしている平穏を、日常を、常識を繋ぎとめ縫い合わせるのが矧の意義。
何より裂け綻びる修羅場を生み出し続けるゴーストこそ完殺対象である彩晴にとっては、
己の力でゴーストを欠片も残さず消し尽くす事こそが今此処にいる理由に他ならない。

「皇帝の物は皇帝へ、神の物は神へ……根の国の輩は根の国へ、やね」

風が地を渡る。
涼しいを通り越し肌寒くなってきた風の中、彩晴はグラウンドの先を見据え続けた。
揺れる銀髪の下、深い緑色の瞳が見えぬ気配を捉えようと静かに煌く。
集まった中で自分だけにしか出来ない能力を己の周囲に隙間無く張り巡らせて、
ただ只管に、只管にその時を待つ。
もし予報が外れる時があるのなら外れるに越した事は無いのだが、
１００％という予報的中率に外れる例など万に一つもありはしないのだから。

……風が流れる。緩やかに、冷たさを増して。
そして突如、彼の緑の両瞳がある一点を凝視する――視界のやや右側を。
一度静かに瞼を閉じ、そしてゆっくりと開く。

「……漸く、来よったな？」

捉えた場所は己の張り巡らせた網の端。半径３キロ先。
同時に腕時計のストップウォッチを作動させた。
目まぐるしく変わる数字を眺めながら、ゴーストを捉える能力へと全神経を集中させる。
……彩晴の表情から、笑みが薄れて消えていく。



「寅靖！　合図が来たぜ！」

円を描き瞬く光に最初に気付いたのは唯。
即座にマグライトを手にした寅靖が光に向けて同じ合図を、円を描いて返した。
返礼を読み取ったか視界の先で一度消えた光は、今度は横倒しの８の字を描いた。

「無限のマーク……襲撃感知か！」

手の中のイグニッションカードを無意識に握り締めた残菊。
来る時が来た、と光の８の字を描く相手――死人嗅ぎを使う彩晴からのメッセージ。
同じように８の字を返す寅靖の横で、グラウンドを睨む唯の表情も厳しくなる。
再び消えた合図。……今度は、１箇所での点滅。
煌いては消える光、その数は１０回。

「……８、９、１０……１０分後だよ！　１０分後に来るって彩晴兄ちゃんが！」

点滅を指折り数えていたユエが合図を読み取って仲間に伝達する。
了解の旨を示す光の円を寅靖が描くと、彩晴の光も円を描いて消えた。
ライトを消して木陰に隠れた寅靖の周囲に集まる残菊、唯、ユエ。

「どうやら、遂に出番のようだ」
「待ち草臥れたぜ、やっと遠慮無くやれる！」
「……１０分後に襲撃、俺達の挟撃はその更に後……だよな」
「うん、いちる兄ちゃん達だけだと思わせてからじゃないとダメなんだよね？」
「ああ……リリスの感知能力で掛葉木達“以外”を拾われては拙い」
「……無茶するなよいちる、絶対に」
「大丈夫だって残菊、向こうも出来る限りの作戦用意して迎え撃ってんだぜ？」
「だがそれでも負担は大きい。迎撃を指揮しながら攻撃も回復も担うのは困難だ」

寅靖の言葉がそのまま迎撃側の最大の弱点を示していた。
正面から迎え撃つ事で消耗が激しくなるにもかかわらず、安定した回復手段に乏しい。
銀誓館の２人が斃れれば５分すら危ういという運命予報を裏付けるものでもある。

「掛葉木の事だ、自暴自棄は無いだろうが……無茶も作戦の内に勘定してある可能性も」
「……寅靖、心配を更に煽るような事言わないでくれ」
「絶対大丈夫だよ！　その為に俺達だってここにいるんだから！」
「そうそう、しかも俺達“４人”だけじゃ無ぇしな」

己の言葉を示すようにイグニッションカードをひらひらさせて笑ってみせる唯。
そう、唯だけでなく残菊もユエも、イグニッションカードの中に固い縁を繋ぐ者がいる。

「そうだな。だから、今は待つまでだ。その時が来るまで」


静かに頷く面々。


――運命の襲撃は、１０分後。