◆labor omnia vincit -2-

――2011.08.30

「……踏み込んでみたはいいけれど、静かね」
「即招待されるものかと思ってたが違うのかな……」

歳月による風化が進んでいるとはいえ、意外にも綺麗な屋内。
所々の床に朽ちたが故の穴が散見される位で、
壁も調度品も窓も当時のままをほぼ保っているかのようだった。
……外見はあれだけ荒廃していたというのに内部がこうだと何処か奇妙さすら感じられる。
即戦闘開始かと思いきやこの肩透かし、面食らいながらも慎重に歩を進める能力者達。
玄関や客間を抜け、リビングと思しき広い空間へと。
革張りの表面が何ヶ所も破れたソファー、蜘蛛の巣だらけの暖炉、埃に覆われた絨毯。
往時は此処に家族が集まって団欒の一時を過ごしていたのだろうこの場所も、
時の流れと住む者無きが故の荒廃には逆らえないようで。
……ふと、暖炉の上で誰かの視線が止まる。

暖かさに満ちた、拙くも鮮やかな油彩画。
髪を短く切った快活そうな少女。
髪を長く伸ばし物静かな印象の少女。
襟元を飾るリボンの長さまでもが全く同じ衣装。
顔の輪郭も目元も眉も口元も鼻も何より浮かべる表情も、まるで鏡写しのような。

「――双子、かねぇ」
「じゃねぇの？　これだけ似てるなら一卵性何たらっつー」
「……一卵性双生児、だ。
元はひとつの受精卵が何らかの要因で分裂しそれぞれ成長するパターンだと確か」
「そっか、元々同じだったのが分かれたからそっくりになるんだね。
……いちる兄ちゃん達とは逆なのかな」
「俺達は二卵性双生児だから逆と言えば逆……か。
卵子そのものが違ったのか、受精前の卵子が分裂したのかは分からないけどな」
「……卵子分裂後の個々受精じゃ二卵性じゃなくて半一卵性でしょ、いち。
まあ二卵性は一卵性と違って受精卵が違う事で遺伝情報が大きく異なる事が常だから、
例え性別が同じでも顔立ち体格が全く違うなんてざらよ」

まあ私達は顔立ちどころか性別の時点で違うけれど、と付け加え。

「今思うとぞっとしないわね、もし一卵性で生まれてたらなんて」
「え、つまりいちが２人かはたちゃんが２人て事？　想像すると結構ぞっとすんぞそれ」
「……俺は、うん、今のままの方が……いいな」
「もし一卵性だったら、か。……区別が付くまでどれだけ呼び間違えた事やら」
「意外にどっちがどっちって分かるようになるもんじゃねぇの？
幾ら外見がそっくりだからって中身までそう簡単に同じにゃなんねぇだろ」
「俺達が『相似』になるよう振る舞うか『個性』を出すかで変わりそうだけどな、区別云々も」

小さな溜め息。
……刹那。

突き刺すような人ならざる視線。
最初に気付いたのは。

「――来やがりよった」

非現実の発露を嗅ぎ取るが故に。
殺意にも似た視線の出所は――件の油彩の、少女達！！

「……漸く、か」
「は、待たせただけの出迎えを頼むぜ？」
「大丈夫、俺達は負けないもん」

湧き出す死地への誘いへの、決意を込め。

「……頼むわよ」
「そっちこそ」

暁降、交わすはただ一言のみ。



歪む視界。

足下の床が消失する錯覚、落下感。

掻き消える一切の音。



――一瞬の後、無人のリビングには再びの静寂。





弾かれたように顔を上げた。

呼ばれたような気がした。
己が名が聞こえたわけではない。
……けれど、何故か呼ばれた気がしたのだ。

「……花雹様」

問う稚都世に、もきゅ、と真剣そうな表情で頷いた花雹。
暫しの逡巡の後、一度腕の中の花雹を抱きしめて。
そして、花雹を抱いたままひとり、玄関の奥へと進み始めた。
先程迄確かに居ただろう筈の、能力者達の気配が全く感じられない洋館の中へと。
白く埃を被った床に残る真新しい数多の足跡を、導として。

玄関、客間、リビング、洗面所、厨房、浴室。
１階部分をぐるりと一周してリビングに戻った稚都世と花雹。
暖炉の上の油彩の少女達を仰ぎ見る。

「同じ顔……双子さん、なのでしょうか」

抗体空間へと招かれた者達と同じような感想を口にして、そっと玄関の傍へと進む。
半ば朽ち掛けた階段に手を置くと響いたのは撓み軋んだ音。
上階へと至るには些か危険だろうと先程の仲間達は判断したが、
稚都世は一度こくりと頷いた後、瞼を閉じた。
掻き消える少年の姿。
――いや、髪色よりも淡い蒲公英色の子狐に姿が変化する。
そのまま数段昇ってみたが崩れるような気配は無い。
一声鳴いて相棒を促す。
子狐とモーラットピュアは誰も足を踏み入れる事の無かった２階へと、駆け昇っていった。