◆暁降の嬰児

一般人が決して知る事の無い世界結界。

一般人が決して知る事の無い詠唱銀。

一般人が決して知る事の無い戦争。


銀誓館に来てから、僕はどれだけの災禍を見て、戦って、生き延びたのだろう？


……時折そう考えては思い出す、掛葉木に伝わる一つの口伝。

“暁降の嬰児（あかときくだちのみどりご）”。

掛葉木の家の中でも、『矧の宗家』と呼ばれる家に生まれた男女の双子を指す言葉。



――そして今は僕と、双姉のはたるとを指す言葉。

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……『矧の一族』と呼ばれる集団が、今もこの日本にはある。

遠い昔、世界結界の無かった頃、その異能の力で怪異と戦っていた能力者集団。
血の繋がりではなく、能力と気概と意志の繋がりこそが要だった集団。

情報収集や怪異索敵を得手としていた“鷹”。
怪異殲滅や敵地潜入を得手としていた“獅子”。
内外交渉や戦闘指揮を得手としていた“賭”。

いつしか世界結界により異能を失っても、忍びや商人や侍に姿を変え名を変え生きた集団。

……そして忍びとして『矧の一族』の表役を務めたのが、“賭”――後の、“掛葉木”。
故に、掛葉木の中の一家が特に『矧の宗家』という名も引き継ぐ事になったのだという。



その『矧の宗家』で時に、男女の双子が生まれる事があった。
古い時代、双子は凶事の徴と忌み嫌われるものだったらしいが、掛葉木では違ったそうだ。

曰く、男女の双子は、変革の始まりを意味したのだという。

大きな戦乱、あるいは政の変革、あるいは襲い来る天災……
世を揺るがす何がしかの始まりを告げるかのように、双子は『矧の宗家』で産声を上げる。
そして『矧の一族』は双子の存在で近い未来の定めを知り、果たして必ず生き延びる。
……その度に一族を牽引したのは、例外無くその双子。

だから、『矧の一族』にとって宗家の男女の双子は天啓の子だった。
いつしか“暁降の嬰児”と特別な号を彼等に冠し、導きの子として大切に守り育てた。

……そういう、御伽噺のような口伝。
御伽噺のような口伝、だった。



……だけど口伝は父祖伝来の真実であり、御伽噺では無かったと後に人々は知る。

証明してしまったのは、双子で生まれてきた僕達。
詠唱銀の雨が降り注ぎ、両親が能力者として覚醒し、そして生まれた男女の双子。
双子の母親は『矧の宗家』の娘、次代の当主。故に双子は、宗家の双子。

――“暁降の嬰児”。

長老達は僕達をそう呼び、口伝の通り逆さ名を与え彼等の守りと為さねばと説いた。
嬰児の両親は応え、双子に逆さ名を授けた。

姉たる娘には、清廉潔白たる魂と尽きぬ祝福とを願い。
弟たる息子には、無限の選択肢と断たれぬ希望とを願い。

そして『矧の一族』は再び、詠唱銀の齎す怪異が姿を見せ始める世界で動き始める。
少しずつ覚醒し始めた一族の者達を集め、世界の真実を正しく伝える為に。
『矧の一族』だけではなく、全ての能力者と一般人とを怪異――ゴーストから守る為に。



……そして僕は今鎌倉に、銀誓館にいる。

叶えたい夢の入口が見え次第銀誓館へ移る、と姉も告げた。

同じ『矧の一族』で能力者の従弟も、全くの偶然だが銀誓館に来た。





――暁降が明けるその時、誰一人と欠ける事無く、この世界を守る為に。