@ PBW(Play By Web) "SilverRain" & "PSYCHIC HEARTS"
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――2011.08.30
吹き抜ける風の音の中に混じる水音。
氷柱のように天井から地を目指す鍾乳石の幾つかは無造作にくり貫かれ、
蝋燭とも蛍ともつかぬ光源が儚げに瞬いている。
晩夏の蒸し暑さとは無縁の、幾分冷ややかな空気。
暗さに目が慣れ始めた頃、林立する大量の影は本棚なのだと能力者達の脳が認識する。
木材の棚、石材の棚、鍾乳石を流用した棚、
氷の棚、植物の棚、金属の棚、宝玉の棚、骨の棚……。
中には目を背けたくなるようなおぞましい材質で出来た棚も存在していた。
……異様な構成ではあるが、運命予報通り、確かに図書館を連想させるような光景。
「……そっか。俺はこっちなんだ」
『英雄』でも、『賢者』でも、招かれる先はどちらでも良かった。
それ故の、彼女の……ユエの第一声。
彼女にとって重要なのは、どちらで戦わねばならぬのかよりも――。
「要は生き残ればいいのだろう、問題は無い」
低く、嘯く声。
己の戦術と異能をより生かすに向く戦場は、『英雄』よりも……『賢者』。
そういう認識を心中に抱いていた青年、寅靖は神経を研ぎ澄ませたまま周囲を見渡す。
無数に点在する本棚が視界も射線も存分に遮っている為、
接敵も攻防も一筋縄ではいかないだろう。
そもそも、抗体空間内の障害物は本棚だけに限らない。
天井から垂れ下がる鍾乳石に水音の発生源である地底湖、
其処から縦横無尽に枝分かれした自然の水路。
今能力者達が立っている場所とて幾つもの足場に分かれている。
能力者としての異能と身体能力を解放せずとも軽く跳躍すれば充分飛び移れるが、
戦闘に集中している状態で万が一この地形特徴を失念すれば……。
「……1冊位外へ持って帰れないかな、これ」
些かどころか余りにも場違いな嘆息。
蔓花絡む籐細工の本棚に凭れ、其処にあったと思しき布張りの本の頁を捲る長身の人影。
「……この状況下に置かれた上での言動がそれなのか、いちる」
「絶対後悔する破目になるから一読のお奨めはしません。多分どの本でも、たった1冊でも」
――戦闘に支障が出かねないから自己責任で。
そう寅靖に言い切った青年、いちるの持つ本を覗き込んだユエ。
赤黒さに灰色が見え隠れする独特な色味のインク。
黒く細い繊維質の混ざり込んだ、灰白の粉を吹いたような紙。
表紙部分に張られた布は、やや色褪せて幾つかの染みが滲む花柄のキルティング地。
「……何か、変な本」
「変な本どころか。――“気付かない”方が幸せだからユエちゃんはもう見ちゃ駄目」
「えー、何で俺だけー」
「……いちるの言う通りだ。ユエはこれ以上見ないままでいなさい」
本を開いたが故に“気付いてしまった”寅靖が静かに、だが有無を言わせぬ口調で諭す。
「止めた意味が良く分かった。しかし……余りにも悪趣味極まりないな」
「想像力豊かな人間程ダメージが甚大ですよねこれ。
……だから絶対後悔するから中身の確認は奨めないって言ったのに」
「……あれだけ見ていてどうして平気なんだ」
「この本が出来上がっていく光景を頭からリアルタイムで延々と見せられでもしたら、
俺の中の何かがぷつっと切れるだろう確信はありますけど?」
終わった後だから耐えられるだけです、と薄く笑んで応え。
「ええと、俺達は6人で来たから……3人ずつならこっちはこれで全員だよね」
指折り数えたユエが此処に居ない面子を思い浮かべる。
「うん、向こうの心配は要らなそうかも」
「ルドルフとはたると尭矧か。意外にバランスは良さそうだが」
「……皺寄せ食らってなきゃいいんだけど、ルドルフさん」
何の、とか誰の、とかその辺は聞かない方がいいのか否か。
「――又闖入者ですか。こんな所に……『ネクロマギク』霊廟書庫に」
4人目の声。
「……性懲りも無く。
“今度も”唯一無二の遺産を木っ端微塵にしようと来たわけですね、あなた達も」
肩の高さで無造作に切り揃えられた髪。
秘密結社の構成員とも神殿に仕える聖職者とも取れそうな裾を引く装束。
身長を優に越える程の丈を持つ質素な錫杖。
暗闇に溶け込むような紫紺のマント。
そして――奇妙な既視感。
広場と見紛う広さの中央部分に据えられた大机の前に佇む4人目。
能力者達とほぼ同じ年頃の――少女だった。
装束の帯代わりに見えた白銀の鎖が大机を巻き込んで地を穿ち沈み込んでいる事から、
この抗体空間の主、つまり抗体地縛霊は彼女というわけか。
容貌、装束、武器……確かに纏う雰囲気は『賢者』。
「まあ、此処へ辿り着いた以上は追い返すのも無粋でしょうか。
このネクロマギクの構成物として生まれ変わるに悪くはない素体という事ですし」
「……今相当物騒な単語が聞こえたような気がしたが」
「物騒とは失礼な。霊廟書庫に選ばれた事を光栄に感じて戴けないとは残念でございます」
「霊廟の構成物って前提の時点で黄泉津比良坂登り確定じゃねえか、何処が光栄だ」
「? よもつひら、さか?」
「ああ、ええと端的に言えば、鬼籍入り――死ぬ事確定」
「……何それ。あの人俺達が絶対に負けるって言ってるわけ?」
「生まれ変わるという表現からして、碌でもない事態しか想像出来そうにもないがな」
「この空間の存在自体が十分碌でもないじゃないですか――背後のあれとそれとか」
少女の後ろに据えられた、異様な雰囲気を発する機械。
……現実世界において一番近い物を挙げるならば、輪転機と、裁断機。
「抗体地縛霊の前に本気で破壊したいんですけど」
「あれ、本を作る機械だよね……何でここにあるんだろう」
「……ユエ、それ以上考えるのは本当に止めた方がいい」
――知らぬが花。余りにも、余りにも。
「破壊者ではあれど、久々にご来訪戴いた素体候補者。
……真に素体として相応しいか見極めさせて戴きましょうか」
しゃらりと装束に縫い止められた装飾と白銀の鎖を鳴らしながら錫杖で床を突く、
その甲高い音が水音を響かせる鍾乳洞内に拡散していく。
そしていつの間にか彼女の周囲に侍るリビングデッド3人。
「何よりも先ず認めさせねば此方の勝機は無い……だったな」
「『英雄』側の皆も絶対勝つだろうし、こっちも気合い入れなきゃだね!」
「……てめえなんかに誰の命も奪われてたまるか」
異能を解放する起動鍵――イグニッションカード。
各々の手に、各々の覚悟を。
「「「Ignition!!」」」
音無き疾風が解放する、詠唱兵器と異能。
そして、真紅の衣を靡かせる愛と正義の使者モーラットヒーロー――ユエの相棒、モルモ。
隣に舞い降りた相棒に何事か囁いたユエの手の中のマジカルロッド、
その先端に魔力の翼が形成され始める。
「俺達を甘く見ないでよね、後悔したって知らないから!」
「死線は越えさせて貰う。――必ずな」
「……黄泉津まで叩き返してやるよ、暁降の夜に懸けて」
鬼面の面頬を静かに下ろす寅靖の隣、洞内の空気に劣らぬ冷気の滲む声でいちるが呟く。
「――どうやらあなた達の認識を改めなければなりませんか。
一介の素体候補者ではなく、霊廟書庫に必要たるべき珠玉の素体者として」
驚喜。狂喜。狂気。
少女神職――『賢者』の瞳が窄まり、淀み、染まる。
人たるべき領域を、否とする色に。
進み出た彼女が手の中の錫杖、“sophus”――“賢者”で宙に真一文字を描く。
真白の相棒が寄り添う蒼雷の魔女。
鬼蜘蛛の系譜に連なる烈虎の拳士。
生家宿業の片翼を担う霙月の忍者。
各々の得物に覚悟を纏わせ。
3人と1匹の破壊者と、『賢者』と3体の屍が対峙する。
――『ネクロマギク』の黙示録、此処に顕現。
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